リボン


もう既に、半泣き状態になってしまっている三橋を見下ろし、阿部は先が思い遣られると小さく溜息を吐いた。
着ていたシャツで両手を頭上に結わえられて、ベッドの上で小さく身体を震わせている。
不自然な格好で震えている半裸のその身体は、普段よりも細く華奢に見えた。
取り合えずベッドに腰を下ろし、緊張を解こうとして阿部は何でもない風に話しかけてみる。
「・・・あんなぁ、なんで今からそんな固くなんの?やる事はいつもと、かわんねーんだぞ?」
「だ、だっ て」
後の言葉をごにょごにょと喉元で飲み込んだ三橋の顔を、阿部は薄らとこめかみに何かを立てて睨み付けた。
「はっきり言え!」
「ひ」
身を縮こまらせる様を見下ろし、阿部は自分が自棄になりかけているのに気付く。こんな筈じゃなかったと、奥歯を噛み締める。
怖がらせたい訳でも、怯えさせたい訳でも、泣かせたい訳でも、無かったのに。
ただその身体を、ゆっくりと何にも遮られずに、愛撫してみたかったのだ。


***** **
「何でも・・・?」
そう訊き直した阿部の言葉に、三橋は勢い良く首を縦に振った。
「うん、な なんでも!」
阿部くんの、したいことゆってね と、嬉しそうに三橋は笑った。
誕生日に何も用意出来なかったから、代わりに何か希望があったら言って欲しいと
焦りながら途切れ途切れな言葉で、それでも三橋は一生懸命阿部に訴えた。
「オレも お祝い、したい し・・・」
ゲンミツに と、口の中でこっそり呟いてウヒッと照れくさそうに微笑む三橋を見て、阿部はその場に相応しからぬ感情を抱き そして、それを実行に移したのだった。

* **
実は、その場で不意に思いついたのではなく、密かに抱いていた願望であった。
何回か拙いながらも身体を重ねる行為をして、積もり積もったものが遂に溢れたというのが、正しいのかもしれない。
ぶっちゃけ言ってしまうと、前戯らしい前戯をしたのが最初の一回だけで、 その次からはキスの後はぐだぐだなままいつの間にか、もう最後まで終わっているという有様であった。
その原因としては三橋が行為の最中、身体に縋り付いて離れてくれないというのが大きく、 その間数えられないくらい届く範囲に口付けしたり、手で髪や肌を撫でたりはするのだが、 それは意識して行う愛撫というよりも、出来る限り触れてたいという感情から起きる無意識の行為であった。
そんな訳で、どうすれば三橋が感じるのか未だに把握しておらず、密やかに二人きりで行う行為の中で、
それが阿部の不安要素となっていた。
こうして手の自由を奪ってしまえば、身体に縋られる事もない。が、こんなに怯えられるのは予想範囲外であった。
かと言って、こうする理由を三橋に説明する気は更々無かった。そんなのは自分が可哀相過ぎる。・・・色々な意味で。
兎に角、落ち着かせる為に頭上で強張らせている手を握ってみる。思ったとおり、随分と冷たい。
覆いかぶさるようにその身体の上に身を屈めると、三橋は思わず目をきつく閉じた。
その様子に何も掛けられる言葉が無い自分が嫌になる。
その代わり出来る限り優しくしようと、自分の掌の中にある、その冷えた指に息を掛けながら阿部は唇を這わした。
「っ・・・」
指に触れる、暖かで湿った柔らかい感触は、初めて阿部の唇が触れた時の感触を三橋に思い出させた。
壊れ物にでも触れるように自分のそれと重ねられたあの時、嬉しくてそして何故か切なくて、自然と涙が滲んだ。
その感覚が甦り、全身から自然と力が抜けていくのを自覚する。
ゆっくり食まれるその感触がもどかしく、三橋は指を動かして阿部の唇をなぞった。
「あ、あべく ん」
「ん?」
「指、じゃ なくて」
阿部は唇を指から離し、三橋の顔を覗き込む。もう、その表情に怯えは無いのは分かっていた。掌の中の手は、暖かかった。
「じゃ、なくて?」
そして、何をして欲しいのかも。だが敢えて訊く。祝われる身としては、それくらいの事は赦されたい。
自分を見上げる三橋の顔が、限界以上に赤くなっていくのが薄闇の中でもはっきりと分かった。
「く、 くちっ・・・に」
詰まりながらも、目を逸らさずに答える三橋の顎に手を掛け、阿部はその唇に口付けた。
「・・・んっ」
どちらのものともつかない吐息が、重なっているところから漏れた。
自分の胸の少し下で、触れるか触れないかの三橋の胸が大きく鼓動を打っているのを感じる。
自分の掌とその中の手が汗ばんできたのは、自分の所為か、三橋の所為か?
そして、息継ぎをするように同時に唇を離し、二人で大きく息を吐いた。
「・・・阿部くん、甘い」
自分の唇を舐めながら、三橋は美味しいものでも食べたように、少し嬉しげな表情で言った。
その言葉に苦笑しつつ、阿部は口を開いた。・・・オレは菓子か?
「ケーキ食ってきたからな。つか、お前も甘くね?」
自分も苺っぽいかもしれないが、それ以上な匂いが三橋からするのだ。阿部の問いに、そうかも?という表情をする三橋。
「あ。お風呂上がった後 つけた、の。もらったやつ」
「・・・どーりで」
苺模様のリップスティックを脳裏に思い描きながら、阿部はその首筋に顔を埋めた。


***** **
漸く三橋の両手が解かれたのは、その全身に甘い痕跡を残されてからであった。


【End】

12/21/07
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ばかっぷるですみませ・・・倒。



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