小さく溜息を吐きながら、阿部はリモコンを片手にテレビのボリュームを小さくした。
ビデオを見せたかった相手は自分の思惑も知らず、すやすやと傍らのソファーで寝息をたてている。
「・・・誰の為に持って来たと思ってんだ。ったく」
シーズンオフだから何日か後の試合で当たる相手という訳ではないけれど、大会が始まれば高い確率で対戦する事になるだろう学校の試合が録画してある。
色々余裕がある時にバッター毎の解説をしながら、現状の投球に欠けている処を洗い出したかったのだ。
が、レクチャーする相手は遠く夢の中。
眠り込んだのに気付いた時点で叩き起こそうかとも思ったが、見る前から眠気を堪えてる気配が漂っていたので、平手をぐっと握り締め耐える事にした。
自分は何回も見返したビデオだ、この時点でもう既に用が無い。
他の番組を見る気がせずテレビを消してしまおうかとも思ったが、無音の中で寝息だけが静かに聞こえる部屋は非常に居心地が悪いものだと気付き、やめた。
テレビからの微かな音よりも外の風の音の方が大きい。そしてほぼ無音に近い音声と見飽きた映像。
暫く根競べの様に画面とにらめっこをしていたが、遂に阿部は音を上げた。
リモコンの電源ボタンを押し床の上にそれを転がすと、ソファーの方へと身体を捻った。
ソファーの端っこで眠る三橋は、クッションだかぬいぐるみだか判別し難いモノを抱いている。実に安らかな寝顔だ。
そのぬいぐるみクッション(?)は逆さまになって見上げながらも【ニィ】と得意気に笑い掛けているように見えて
何故かそれが勘に障り、阿部はその頭と思われる部分を軽く引っ張ってみた。
「んー・・・」
すると三橋は取られまいとするように、ぬいぐるみクッションをギューと抱き締めた。
その所為で、ぬいぐるみクッションの表情が嬉しそうな苦しそうな何とも複雑な表情になって、阿部は笑いを堪え口元を歪めた。
その表情もだが、ぬいぐるみクッションが羨ましいと思った自分が可笑しくもなったのだ。が、正直やっぱり羨ましい。
自分から腕の中に抱き締める事はあっても、こんな風に抱き締められた事はなかった。・・・と、思う。
「(コイツの腕の中、か)」
吐息と心音が直ぐ傍で感じられる位置で、自分よりも少し高い体温に包まれる感覚を想像し、阿部は真顔になった。
無意識の内にぬいぐるみクッションへと手が掛かっているのに気付いても、苦笑いしてその手を引っ込めはしない。
先程よりも腕の力が緩んだのを確認し、ぬいぐるみクッションをそろりそろりと引き下ろす。
ぬいぐるみクッションの半分以上が腕から抜けかけているが、それでも三橋の手は動かないままだ。三橋の腕を柔らかく掴み、様子を見る。
それでも反応が無い事を確認した阿部は、その腕をほんの少し持ち上げると同時にぬいぐるみクッションを一気に引き下ろし、自分の頭を代わりに潜り込ませた。
すり替え成功!である。
しかし、目を覚まさないかと心臓をバクバクさせながら息を殺して待つこと1分弱。変わらぬ寝息を立てている三橋の様子に、阿部は全身の力を抜いた。
安堵すると現状がどうなっているのか考察する余裕が出来、そして今の己の姿を客観的に想像して阿部は激しく脱力した。
「(・・・オレって、バカ?)」
考えてから行動するって大事だよなー、と自戒しながらも折角なので、この状態を堪能しようと気持ちを切り替える。
捕手にとって、状況判断はいつだって大事だ。
阿部が頭を預けている三橋の胸は規則正しく上下に振れ、見かけ以上に筋肉が付いている事が服越しで分かった。
額に吐息が微かに前髪を揺らし、胸の温度が自分の頬を暖めた。首に置かれている腕は温かだった。

とても、きもちが い・・・

眠りに落ちかけた阿部を覚醒させたのは、三橋の抱き加減だった。
抱き心地の変化に気付いたのだろうか?自分の腕の中のモノを確認するように、三橋は腕に力を入れた。
「ふげっ」
不意に首を絞められる格好になった阿部は、思わず水谷が絞め殺されるような声を上げた。
それでも三橋は目覚める気配は無く、今度は自分の顔を阿部の前髪に埋めるような格好を取った。
完全に頭をホールドされる形になった阿部は声も出せず、余りの息苦しさに技を掛けられたプロレスラーの如く床を手で打ち鳴らしたが、やはり三橋は起きなかった。
「(ちょ、マジ ヤバ いっ、て!!)」
身体を必死で捩り、何とか呼吸を確保する。
ぜーはーと大きく息を吐き、ぐったりと三橋の腕の中で力尽きた阿部は暫く放心した後、自分の額が濡れているのに気付いた。
「(こんな大汗かく程、死にそうだったのか。オレ・・・)」
もうこんな事はしないでおこうと固く心に誓い、片手で汗を拭うとそれが異常に粘度が高いのに気付いた。
手の甲をしげしげと見詰め、阿部は柄にもなく泣きたくなった。
「・・・よ、よだ れ?」
引き摺り下ろしたぬいぐるみクッションが、そんな自分を見上げてシニカルに笑い掛けた気が した。


【End】

01/09/08
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プリーズ ホールド ミー ・・・テンダー(ガクリ)。




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