ショコラティエ また唇にチョコレートを押し付けられ、それから逃れる為に三橋は顔を出来る限り背けた。 今はもう食べたくない。というか、食べられる状況ではない。 頑なに歯を食いしばり拒んでいたが、己の中心に絡められた指に力を込められ、耐え切れずに喘いだその隙に口に入れられた。 甘い。 チョコレートばかり口にしている所為で味覚が麻痺してきているが、甘味だけはまだ鮮明に感じる。 ココアパウダーがたっぷりと掛かったトリュフは、カカオのほろ苦さで三橋の舌を痺れさせた。 「・・・んっ」 溶けたチョコレートが口から零れそうになり、三橋は甘く染まった唾液を何とか飲み下した。 口の中は甘さでどうにかなってしまっているが、震えが止まらない身体も同じようにどうにかなってしまっている。 阿部に後ろから抱きすくめられた格好で床に座らされている三橋は、項を甘噛みされながら指でゆっくりと追い立てられていた。 阿部の指が絡んでいるそれは限界に近く張り詰めており、先端から滴る先走りは三橋の下着や尻を濡らした。 「あ、あべ くん・・・」 はぁっと大きく息を吐き、懇願する眼で阿部を振り返った。もう、この理不尽な状況から開放されたかった。 延々と口元に運ばれるチョコレートからも、果てさせて貰えない愛撫からも。 だが、阿部は表情も顔色も変えず冷ややかに顎で床の上を指した。 「ほら、さっさと新しいの開けろよ。全部食ったら、いかせてやるつっただろ?」 三橋は周囲に散乱している未開封の箱へと、震える手を伸ばした。 ***** ** 「ナニ、三橋すげーじゃん?!オレよか多いかもー」 三橋が脱いだユニフォームを仕舞おうとして仕舞いきれず、鞄の中身を畳の上にバラバラとぶちまけたその様子を見て田島は賞賛の声を上げた。 三橋の周囲には普段の持ち物の他に、可愛らしくラッピングされたプレゼントがおもちゃのように散らばっている。 「な、なんか 貰った・・・」 『スゴイ』と田島に褒められた三橋はあわあわとバラけた荷物を片そうとした手を止め、少し照れくさそうに口をもごもごさせて俯いた。 「そいや、けっこー呼び出されてたもんなお前。まぁ、オレらもだけど」 泉がさらっと何気にスゴイ事を言ってのけ、水谷は羨ましそうに泉の方へ振り返った。 「9組はモテモテだなー、うらやましー」 「貰ってんだろ、お前も」 「え、バレた?」 えっへーとニヤける水谷を華麗にスルーして、【9組モテモテ?!】みたいな空気を変えようと泉は急いで付け加えた。 「モテモテつーか、『応援チョコ』みてーな感じだった。野球部がんばってー!みたいな」 「応援つーか、餌付けなんじゃね?」 「餌付けあり得る!」 水谷の餌付け発言に、ぶふーっと噴出した数人に向かって泉は微妙に口を尖らせた。・・・自覚が無い訳では無いのだ。 「あんだよ、しっつれーだな」 「お返しとか、大変そうだよね」 自分が貰った分だろうか、栄口が指折り数えて溜息混じりに言ったのを聞いて、田島はきょとんとした表情で尋ねた。 「え、お返しってナニ?」 「「「「「田島・・・」」」」」 「ホワイトデーって、聞いた事ない?」 栄口に向かって首を傾げる田島を見て、きっと中学でも貰いっぱなしだったに違いない、そしてそれで許されていたのだと、三橋以外その場の全員は確信した。 ホワイトデーについて皆が喧々諤々話している横で、阿部は会話に入らず黙々と着替えていた。 全く関心を見せない阿部に突っ込みたくなったのだろう、水谷がわざわざ虎穴に入ってきた。 「阿部も貰ったんだろー?何個?」 「貰ってない」 素っ気無いその返答に、水谷は目を丸くした。 「うっそでー、呼び出されてんの、オレ何回も見たぞ」 「断った」 「なんで?!」 信じられなーい!みたいな表情で口を開けっ放しの水谷を、阿部は少し眉を顰めて見遣る。 「知らねーヤツから何か貰うのって、気持ち悪い」 「ひでーなお前、知って貰う為に女の子はプレゼントしてんだぜ?」 「知らねーヤツからの好意はうざい」 「うっわー、冷たいねぇ・・・」 「(あー、だから篠岡のは受け取ったのか)」 横目で二人の遣り取りを内心ハラハラして見ていたが、花井は納得したように一人頷いた。篠岡が本命という訳ではないという事か。 「三橋」 水谷との会話を切るように阿部は三橋を呼び、不意に呼び掛けられた三橋は床に座ったまま飛び上がった。 「詰めるの手伝ってやっから、さっさと着替えろ。風邪引くぞ」 「う、うんっ」 大きく阿部に頷くと、散乱したままの荷物をそのままにして、三橋はいそいそとシャツを羽織った。 * ** 皆が帰り二人だけが残された部室で、阿部は三橋の荷物を片していた。 ユニフォームを出来るだけ小さく畳んで鞄に詰め、スペースを空けた中にプレゼントの形状を考慮し順序良く詰めていく。 三橋は手伝おうとしたが「お前が手ぇ出すと、帰んの遅くなる」と断られ、仕方なしに傍らに正座してその作業を見守るしかなかった。 「で、こんな貰って、どーすんのお前」 「ど、どーって」 沈黙が重くなるのを避ける為だか阿部が話しかけてきたが、三橋は即言葉に詰まってしまった。その様子に阿部は ふぅ、と大きく息を吐く。 「お返しとか」 「よ、よく分かんないから、おかーさんに相談する よ」 「ふーん・・・」 床に落とした弾みで開いてしまったのだろう、開いてしまったカードが鞄の中を整理している阿部の目に留まった。 【マウンドで頑張る君が、好きです】 「・・・こいつらの中の誰かに『付き合って下さい』っつわれたら、お前付き合うのかよ?」 「え」 カードを手に取り、阿部は重い口調で独り言のように呟いた。 「わ、わかんな い・・・」 【チョコを受け取る】事が【付き合う】事に全く結び付かない三橋は、阿部の異変に不安を抱きながらも、恐る恐るそう答えた。 その瞬間、阿部がロッカーを拳で叩き、ガンという衝撃音が部室中に響いた。 「ちったぁ 考えろよ!!」 阿部の剣幕に思わず身を縮こまらせた三橋は、不意に顎を掴まれ深く口付けられてもその身体を拒めず、目を固く閉じたまま抱き竦められた。 ***** ** 三橋は、寄せられる好意を退ける事を知らない。 好意に気づけば誰彼と無く受け入れてしまうだろう。今日、バレンタインデーに知らない女子からチョコレートを受け取ったように。 そんな三橋に対して腹を立てるのは筋違いだとは理解していた。 例えお互いの想いを確認しあってて、恋人同士のような間柄であっても。 それでも腹の底に生まれた黒く重苦しい塊の所為で、三橋を責め立てるのを止める事が出来ない。 首筋に噛み付きたい衝動を抑えながら痕が付かない程度に歯を立てると、小さく呻きながら三橋は背を反らせた。 無心に指で擦り上げてる行為を繰り返している内に、三橋にチョコレートを渡した、見も知らぬ女子の姿がカードの言葉と共に阿部の脳裏を過ぎった。 【マウンドで頑張る君が、好きです】 薄いピンク色のカードに少女らしい丸い字で書かれた、告白の言葉。 純粋な気持ちのまま素直に好意を形に出来る彼女達の存在を、阿部は苦々しく思った。 そんなもん、オレのが先に、もっと 抱き抱えている左腕に力が篭り、三橋が苦しげに息を漏らすのを聞いて阿部は漸く我に返った。 「・・・新しいの、開けたか?」 動揺を隠す為、低く耳元に囁くと三橋はこくりと首を垂れた。三橋の右手には、キャンディ包装されたものが力無く握られている。 「こっち寄越して」 三橋は、もう懇願する気力もないのだろう、気だるい動作で自分の肩口を押さえている阿部の左手にそれを渡した。 阿部は片手で器用に包装を剥がし、少し軟らかくなった丸いチョコレートを三橋の口元に持っていった。 また口を閉じられるかと思ったが、阿部の予想に反して三橋は素直に口を開け、その手からチョコレートを食べた。 「ほら、これは誰から貰った?顔、思い出しながら食えよ」 拒否られないのを意外に思いながらも、阿部はわざと扇情的な言葉を吐いた。もう保ちそうにないと右の掌が伝えていたからだ。 「あ べ、くん」 「オレじゃねーだろ」 答えにならない、寧ろ溜息のような三橋の呟きに素っ気無く答える。名を呼ぶのは、果てる前のうわ言のようなものだ。 「あべく ん・・・」 「だからオレじゃ」 三橋は震えながらも首を捻り、阿部の方へと顔を上げた。快楽に抗い、その瞳は懇願の色も無く揺れもせず、ただ阿部を写していた。 「もう、だれ も」 おぼえてなんか ない そう囁くと、三橋はそっと阿部の肩に顔を埋めた。 阿部の首に触れた三橋の頬は彼の熱を伝え、またその言葉を静かに浸透させて諸々の誤りを阿部に気付かせた。 無意識に三橋へと屈み込み、唇を合わせる。その唇は甘く、ほろ苦かった。 暫く触れたままでいた唇に優しく、深く口付けると、三橋は重なった隙間から甘い声をか細く漏らして、ゆるゆると果てた。 今まで堪えていたものが流れるように、三橋の閉じた目から涙が零れて寄せている頬を湿らせた。 全身の力が抜け、崩れるように寄り掛かってきたその身体を両腕で抱き締める。阿部も、瞼の裏が熱くなるのを感じた。 三橋の口内はチョコレートの味しかしなかった。三橋に口付けている感じが全くせず、まるで生暖かいチョコレートを舐めているようだ。 そしてこの味は、後悔の味でしかない。 チョコレートなんて、この世から無くなってしまえばいい 【End】 02/20/08 ***** ** バレンタイン前日にぺこえさんとネタ出しして、その数に絶望した・・・!その中でもエロいのを選ぶ自分に、また絶望しt・・・ |