コーヒーミルククレイジー


静かな部屋を見渡すと、テーブルの上には大きいケーキの箱、フライドチキンの骨、空の寿司桶に空っぽになったペットボトルと沢山のコップと皿、床には積み上げられた座布団とクッション、破れた包装紙に解けたリボン。
そして、みんながくれたあたたかい空気、嬉しい気持ちがそこにはあって。ホントにホントに、オレにとっては夢みたいな時間だった。

でも、今年は、まだ、足りない。

ゼイタクなんだって分かってるけど、そう感じちゃうのは自分でも止められなくて、この空腹感に似たなにかが一体何なのか自分でも分からなくて。
お腹も胸もいっぱいなのに、おかしいよね。みんなはこーゆーキモチをどうしてるんだろ?
「廉、大丈夫?」
「うん、平気」
「そのまま置いておいてくれればいいから」
「わ、わかった」
「ゴミだけまとめておいてくれるかな」
「うん、じゃ、」

本当は手伝ってもらったほうが早く部屋が片付くのは分かってたし、明日は片付ける気がなくなってるかもしれないって思ったけど、お母さんとふたりっきりはなんとなく気まずくて。
大丈夫、片付けは明日でもいいし一人で出来る、オヤスミナサイって言ったら、ちゃんとお風呂入るのよ、明日早いからもう寝ますってお母さんは あっさり寝室へ行ってしまった。
お母さんが部屋から出ていったあと一人になったオレは、散らかった皿やコップをテーブルの端に寄せ、テーブルの上のゴミを適当にビニール袋に詰めた。
そして机の横に置いてあったカバンから携帯を取り出し、ベッドに腰掛けて現在時刻の映るディスプレイを見た。
22時34分。みんなと別れてから一体どれくらい経過したんだろう。解散した時刻をはっきり覚えてないのでわからない。1時間近く前かもしれないし、10分しか経っていないのかもしれない。
騒がしい玄関でみんなを見送る中、左手をスッと上げて低い声がオヤスミって言った事は、覚えている。
ベッドの傍の窓を覗くとひんやりとした空気が流れ込んできて、真っ暗な中に近所の灯りと星が見える。
もしかしたら、もう自宅に着いてしまったかもしれない。
それにさっきまで散々祝ってもらったんだから、これ以上望むのはきっとメーワクだ。テーブルをはさんで斜め向かいに座っちゃったから、あまり会話は出来なかったんだけど、ちゃんとおめでとうって言ってもらったし、プレゼントも貰った。
それから、これはみんなにもお母さんにも秘密だけれど、練習前にこっそりキスしてもらったんだ。
阿部君はコーヒー牛乳を飲んだ後だったみたいで、微かにその味が唇の上に残っていた。
唇にちゅって触れるだけのキスだったけど、それだけでオレは耳や目ん玉、鼻の真ん中がカッカして心臓も1500mを走ったあとみたいに、どきどきした。
一気に真っ赤になったオレをヘンだと思ったのか、キョトンとした顔で見たあと(実は結構目が大きい。いつも不機嫌そうにしてるからみんな気付いてないと思うけど)、すぐいつもの顔に戻ってワリィって謝りながら今日はちょっと暑いなって言ってきた。
だからオレは、何も悪くないよ、なんで謝るんだ?今日は暑いよねって言った。そしたら、おまえ誕生日だから興奮しすぎじゃねーのって笑って、暑いなら飲めって飲みかけの紙パックをくれた。紙パックのコーヒー牛乳はちょっとずつ大事に飲んだ。
きっと阿部君が言ったことも合ってるんだけど、やっぱりちょっと違う気がした。
それ以上何も言わなかったし言われなかったけど、もしかしたらその時、オレに何かのスイッチが入ったことに気付いたのかもしれない。気付かれた、と思う。それに、たぶん。
…たぶんなんだけど。

目を瞑ってきゅっと携帯を握り締めると、寒気に似たぶるぶるが足先から熱を帯びてカラダの中を這い上がっていった。それはおへその辺りで少しぐるぐるしたあと、じんわり全身に広がって、手のひらに届き、そのぴりぴりした感覚にオレはゴクリと唾を飲み込んだ。
すこしだけ震える手で携帯を開くと、アイウエオ順で並んだアドレスの一番上にその名前がある。

まだ家に、着いていませんように。
メール 気付いて、くれますように。

ううん、きっとぜんぶ気付いてくれるだろう。足りないもの、オレのココロ、メーワクぜんぶ。
部屋はこのままになっちゃうから(散らかってるってよく怒られる)、せめてお風呂に入ってキレイにしとこう。ベッドのシーツも取り替えて、それからあとは、ふたりで考えればいい。
オレは震えの止まった両手でムニムニとメールを打って送信ボタンを押した。

「いまからこられますか。げんかんついたらめーるください」

【送信完了】の文字を見たら全身から一気に力が抜けて、オレはベッドへと倒れこんだ。
同時に口の中に、香ばしくてほろ苦くて甘い感覚が湧いてきて、それは昼間のコーヒー牛乳の味と同じだって、オレは思った。


【完】

05/27/08
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ぺこえさんがマルっと書いてくれました!【やったー!】ありがとおおおぅvvv


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