Love and reason do not go together 2


項に唇が当たっているのだとはっきり自覚した時には、もう後ろから抱きすくめられていた。

冷たい阿部の指が項に触れた時から、自我が溶け出す予兆があった。
自分を抱き締めた腕で現実に引き戻され、この状況にただ身を硬くするしかなかった。
呼吸が上手く出来なくなり震え出そうとする身体を止めたくて、三橋は意識してゆっくりと息を吐いた。
項から頬へと唇を滑らされて、阿部の吐息が更に間近になった。触れてきた硬い黒髪の先が、首に耳にくすぐったい。
首を捻れば唇を合わせられそうだと頭の片隅で思い、そしてそうしたいと思った自分に三橋は驚いた。
今まで以上に頭に血が上り、全身が心臓になったように脈打っている感じがする。
自分の動悸の所為かと思っていたらそれだけではなく、阿部の鼓動が背中から伝わっているからだと暫くして気付いた。
お互いの身体が密着している背中が一番熱く、そこから溶けてしまいそうだ。
阿部の髪の先から雫が自分の首に滴り落ち、そしてまた自分も同じくらい汗ばんでいる事に気付く。
背後からの腕に力が篭り、三橋は思わず小さく吐息を漏らした。
目を閉じると、瞳が潤んでいたようで眦に涙が溜まった。目蓋の裏も熱い。自分の身体の中で熱くない箇所が分からない。
自分のものだけではない感覚が、こんなにも満たされた気持ちを生み出すのだろうか?
混乱と恍惚感で思考が定まらない。
そんな中で

何かの間違いでもいい、このまま時間が止まればいいのにと三橋は願った。

* **
こんなに激しい感情が自分の中に生まれたのは、同じくらい激しい感情をぶつけられた所為だと思う。
自分に対して、今まで誰もあんな風に接する事はなかった。

穏やかな
柔らかな
暖かな
無機質な
冷ややかな

温度差はあれど波立つ事はなかった外界だった。

「投手としてじゃなくても」
好きだよ と告げられた言葉は、多分一生忘れられない。
また逃げ出そうとした自分の手を掴んで、その場に留まる勇気をくれた。

過去に対峙し挑む
過去に向かい合い謝罪する
そして、
過去の自分を赦す
勇気を。

今思えば、一時の激情から発せられた言葉だったのかもしれない。
でも、

 例えそうだとしても

 オレは

* **
不意に頬から熱が離れて阿部が顔を離したのだと分かり、安堵感と軽い喪失感で自然と三橋の肩の力が抜けた。
が、直ぐに顎に手を掛けられ、反射的に三橋は目をぎゅっと閉じた。
阿部に真正面から見据えられているのが、目を閉じていても分かる。
どんな表情をしているのか知りたくもあり、でも目を開きたくなかった。顔を見たら泣き出してしまうと思った。

「・・・オレ、お前に 好きだって 言ったよ、な?」

予想もしていなかった台詞が阿部の口から零れ、その言葉に三橋は閉じていた目を大きく見開いた。
三橋は阿部の顔を見上げ、何か言いたげに何度か口を開閉させた。そして、泣き笑いの顔で微笑んだ。

「オレ も、ゆっ た・・・」

溜まっていた涙がその瞳から流れて阿部の手に落ちた。

お互いが何かに引き寄せられるように、ゆっくりと唇を合わせた。
阿部の唇はかさりと音がしそうな程、熱く乾いていた。自分と同じだと、三橋は少し嬉しくなった。
触れるだけの口付けはほんの数秒で終わったが、さっきまであった全身の緊張感はもう消え去り、幸福感だけが静かに自分の胸に残った。
もう、阿部を見詰めても胸が苦しくない。泣きそうにならない。

「ど、どうした の?」
やや赤面しながら口元を押さえつつ自分から視線を逸らした阿部に、三橋は不思議そうに訊ねた。
「・・・や お前さ、照れとか無い訳?」
横目で阿部にそう問われ、三橋はその意味が飲み込めず目を瞬かせた。
「? オレは今、うれしーんだけ ど?」
阿部は予想外の返答に少し呆れ加減に口を開きかけ十数秒逡巡した後、溜息と共に柔らかく微笑んだ。
その表情を見て、今度は三橋が赤くなった。あの窓辺での阿部を何故か思い出していた。
そしてもう泣きながらご飯を食べる事はないと、そう三橋は思った。


【End ?】

09/15/07


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