a witch's sweet 1


その日、三橋は朝からとても気分が良かった。
初めて阿部に、一緒に出掛けようと誘ってもらえたからである。
三橋はポケットから携帯を取り出して、メールを開いた。昨夜、阿部から来たメールを読み返す。
阿部からのメールには、いつも余計な事が書かれていない。必要最低限のシンプルな文。
そのメールもノータイトルで、集合場所に集合時間、それから遅れるなよ、との全2行で完結していた。
それでも三橋は嬉しかった。
自分なんかの為にメールを送ってくれるのが嬉しかったし、誘ってくれたのが嬉しかった。
そして阿部からのメールであるのが、何よりも嬉しかった。
返信しようとしたけども、入力する言葉を見つけられないまま、携帯を握り締めて眠ってしまっていた。
携帯を閉じて、上着のポケットに入れる。暫くしてまた取り出してメールを見る。何度も繰り返した動作。
メールを見るたびに顔が自然と笑ってしまい、周りの人にヘンだと思われているかもしれないなと、三橋は思った。
11時に集合なのだが、三橋は1時間以上前からここにいた。
遅刻して阿部に迷惑はかけたくなかったし、家に一人でいるのも落ち着かなかったのである。
駅前バスターミナルの近くにある、ベンチがいくつか置いてある所が指定された集合場所で、
周りを見渡すと、三橋が到着した時よりも人が増えていた。
手に風船や綿飴を持った子もいて、お腹が空いてきた三橋にはそれがとても美味しそうに見えた。
「(なにか 買ってこようかな…時間はまだ余裕があるし)」
駅前だからお店も沢山あるし、すぐここへ戻って来れるだろう。三橋はベンチから立ち上がった。

携帯を見ると、集合時間にはまだ30分も余裕があった。
自分は浮かれてるのかもしれないと、阿部はちょっと恥ずかしくなった。
地元の秋祭りは屋台も出るし、三橋はこういうの好きそうだと思ったし、
丁度テスト期間と重なるのもあったので、テスト勉強も兼ねて誘ってみたのだ。
「勉強する前にさ、ちょっと行ってみねぇ?」
そう阿部が言うと、三橋は目を真ん丸くして驚いたあと、顔を真っ赤にして首がもげるかと思うくらい頷いた。
その様子を反芻して、阿部は小さく思い出し笑いをした。
きっと三橋はまだ来ていないだろう。
駅前の駐輪場に金を払って、自転車を停める。駅構内の細い連絡通路を通り抜け、阿部は目的の休憩所を目指した。
着いてまず三橋を探したが、姿は見えない。何故か少しだけホッとした。
あまり人のいない空いているベンチに腰を下ろし、携帯を見る。10:38。三橋からの連絡はない。
そういえば、昨夜のメールも返事がなかったな、と阿部は思った。
「(まぁでも、三橋がメール返信をしてこないのは、いつものことだし・・・)」
オレからのメールは、いつだって一方通行だ。
メールだけなら、いいんだけどな・・・。と、阿部は溜息を吐いた。

* **
「う、お」
すごい…。
駅構内の大型店舗を少し逸れたところにある路地には、色とりどりのお祭の屋台が並んでいて、三橋はドキドキしながらそれらを見て歩いた。
おやつにどれを買おうか迷ったあげく、結局綿飴にすることにした。真っ白でふわふわしてて、持ってるだけで楽しい気持ちになれそうだ。
本当はもっとお腹に溜まるものが食べたかったけど、それは阿部が来てからにしようと思い、我慢した。
すれ違う子供が片手に綿飴を持ち、もう片手を親御さんらしい人に繋いで貰っていた。
手を繋いでいる相手を見上げながら、無邪気に笑っている。とても幸せそうだ。
「(・・・手)」
その様子をボンヤリと目で追いながら、知らず三橋は自分が手を繋ぎたい相手の事を考えていた。はっと我に返ると、途端に顔が真っ赤になるのが分かった。
「(む、ムリムリ・・・ッ!!)」
こんな場所へ一緒に出歩くというのが奇跡みたいなものなのに。そんな事、出来る訳がない。
フルフルと首を振ると、三橋は気を取り直して、どこ店で買おうかと綿飴を売っている屋台を目で探した。
すると、綿飴の袋が沢山飾ってある屋台の中の一つ、その奥に居る女性と目が合ってしまった。
「(わぁ・・・。綺麗なヒト、だ)」
普段の三橋ならば、そんな女性と目が合ったものならば赤面して慌てて目を逸らしてしまっただろう。でも、そうならなかった。
それくらいその女性は現実離れした美しさを持ち、そして何処かその人の周りだけ空気が異なるように、三橋は感じた。
ふらふらと吸い寄せられるようにその屋台の前に立つと、その女性は魔女のように妖艶な、それでいて聖母のように慈愛に満ちている笑みを三橋に向けた。
「貴方の望む物は、これね」
女性が差し出した綿飴は、上部が白で下部がピンクと水色に左右分かれていた。
夢の中にいるような心地で三橋は素直に頷き、その綿飴を受け取った。
「あ、ありが とう」
「Trick or treat,For your sweet heart.」
そう言ってその女性はにっこりと笑った。その笑顔を見て、三橋も知らず笑い返していた。言葉の意味は全く分からなかったが。
早速三橋は白の綿飴を取り出して、食べながら歩いた。舌に乗せた瞬間、ふわっと甘く溶けてしまう、捕らえられない甘味。
楽しいような切ないような不思議な感触に夢中になりながら、三橋は綿飴を頬張った。
夢の中から現実へ、目が覚めるように意識が自分のものとなっていき、そして漸く重大な事に三橋は気づいた。
「あーーー!?お、お金・・・!」
代金を支払ってない事に気づいたのだ。
急いで後ろを振り返り探したが、人込みにまぎれようも無い筈のその屋台は、何故だかもう見つからなかった。

* **
待ち合わせ場所に戻ると、もうそこには阿部が待機していた。慌てて三橋は携帯を見る。11:03、ギリギリアウト・・・。
「お、おおお 遅れて、ごめっな さい・・・!」
思いっきり頭を下げると、阿部は怒ると思いきや予想に反して大きく噴出した。
「おまっ、幾つだよ・・・!綿菓子なん、いや、似合ってんだけど さ」
三橋は大笑いしている阿部をポカーンと見上げ、そして自分が握り締めている綿飴の袋を見下ろした。
白い部分を食べてしまったので、ピンクと水色のほわほわのみが袋の中で仲良く揺れている。
確かに、高校男子が好んで持つものではなかった。が、三橋にはそれが分からなかった。
「お おいしーよ?コレ?」
「・・・わーったって、笑って悪かったよ。じゃあ、ぶらっと行くか?」
笑われた意味が分からない三橋の背を軽く叩いて、阿部は祭りの中へ向かうべく促した。

お祭の雰囲気はいつも独特で、周りがみんな幸せそうに見える。
そんな空間の中では屋台の食べ物も美味しく感じられて、他愛も無い話が楽しくて、珍しくお互いの話が弾んだ。
お祭の中心である、神輿を鎮座させている神社の境内をひとしきり見回った後、二人は小休憩を取るべく境内裏へ向かった。
「ふー・・・」
「疲れたか?」
二人揃って石段に腰を下ろす。自然と吐息が出た三橋を気遣い、阿部は声を掛けた。それに対し、三橋は小さく頭を振った。
「ちょっと、ヒトいっぱい で、クラクラしただけ」
「ああ、人酔いね」
上を見上げると、木々の合間から清清しい秋晴れの空が広がっている。ひんやりとした空気が頬に心地いい。
ここにへは祭りの賑やかさも聞こえてこない。二人はお互い無言のまま空を見上げると、不思議な充実感に包まれ、目を閉じた。
「(ここで昼寝つーのも気持ちよさそうだな・・・。でも流石にさみぃか)」
手を後ろに付こうとして何かが指先に触れ、阿部は背後を振り返った。指に触れたのは、三橋が持っている綿飴の袋だった。
そういえば、食べ歩いている間もこの袋を持ったままだったなと、阿部は思い返した。
「コレ、食わねーの?つか、腹一杯か?」
「う?」
袋を阿部に突っつかれ、三橋は慌ててそれを自分の元に手繰り寄せた。大事そうに抱え、袋の口を開ける。
ふわっと、甘い香りが二人を包んだ。その匂いで、また三橋の食欲は喚起されたようだ。
「じゃー、食べちゃう ね」
「おー」
三橋は袋からピンク色の綿飴を出して、幸せそうに齧り付いた。
「(くあー、三橋の奴、よくこんな甘いモン かぶりつけんな…)」
半分呆れ顔でその様子を眺めていたのだが、三橋には違う捉えられ方をされたらしい。
視線に気付いた三橋は口をもぐもぐ動かしながら、袋から水色の綿飴を取り出すと、阿部へ差し出した。
「ど、どう ぞー」
甘いモノは苦手だったが、どうにも断れないような表情で勧めてくる。それに一回袋から出した綿飴を、三橋が上手く戻せるとは思えなかった。
「・・・どーも」
気が進まなさそうに見えないように、ぎこちない笑いと共に阿部はその水色を受け取った。
まじまじと手の中のほわほわを見詰める。何処からどー見ても、そして何処からどー食べても甘そうだ。・・・当たり前だが。
でも折角あの三橋に貰ったんだ…食っちまえば水色もピンクも一緒だろう。
そう無理やり自分でも意味不明な理屈で自分自身を納得させながら、水色の綿飴を引きちぎって、阿部は口の中に放り込んだ。
一瞬にして、綿が甘い液体に変わり、舌に溶けた。
「あめっ」
「フヒ」
フヒ!じゃねーよ、ンとに嬉しそうな顔しやがって…こんなのただの砂糖じゃねーか。
マジ甘い、クラクラする…・・・クラクラ?
やべ、ちょっと今、おかしくないか、オレ。
阿部は、突然の眩暈に空いてるほうの手で額を押さえて耐えた。
三橋を見ると、むこうも様子がおかしい。身体が左右に振れている。
「・・・三橋?」
「あ べくん?」
三橋がこっちを向いた。と、阿部が認識した瞬間、その意識は途絶えた。


***** **
「う・・・」
軽い頭痛を堪えるべく手を額に当てながら、阿部は身を起こした。そして身体の節々が軋む感覚で更に眉を顰める。
どうやら気を失っていたようだが、どれくらいの時間が経ったのだろう?
確か青空が見えていた筈の木々の隙間からは、茜色の光が漏れていて、今はもう夕刻である事が分かった。
目の焦点が漸く合った阿部は自分の身体を見下ろし、呆然とした。
「なんだ、こりゃ?」
シャツのボタンは半分以上が、そしてジーンズのボタンも外れており、靴も半分脱げかけている。
誰かにそうされたのでは無いことは、自分の手足を見れば一目瞭然だった。
自分の身体を触り、それが紛れもない事実である事を再確認する。鏡が無いから明確には分からないが、この身体は高校生のものではなかった。
「お、オレ、成長 して、る・・・!?」
羽織っている上着は少し大き目だった筈なのに、それが少しきつい。シャツもジーンズもきつくて丈が短い。そして自分の声も心なしか低くなっている気がする。
「マジかよ・・・」
この有り得ない非常事態に放心しかけたが、三橋の存在を思い出して阿部は全身を緊張させた。
「み、三橋!?」
隣に居る筈の三橋の方を慌てて見たが、そこには山積みになった三橋の衣類しか残されていなかった。
阿部の全身から、血の気が引いた。
「みはしーーーぃ!?」
思わず叫んだその声に反応したかのように、衣類の山が、もそっと動いた。
反射的に阿部は、その衣類の山を掻き分けた。すると、小さな頭がその間からひょっこり出てきて、ぷはぁっと大きく息を吐いた。
その姿を見て、阿部は再び気を失いそうになった。


【To be continued】

10/30/07
***** **
半分以上はぺこえさん著。つか、ぺこえさん画のコミハシの萌撃(・・・)がbigで、恐れながら当方が続きを執筆している次第。目指せ、10月中完結!!


→田島レベル

→戻