華麗なる阿部一族 第一話 それは気持ちよく晴れた土曜の朝、阿部と三橋は練習グラウンドへと向かっていた。 何故、早朝から二人が自転車を押しながら連れ立って歩いているかを説明すると話が一本書けてしまうので(・・・)、 やや省略する形になる事をお許し願いたい。 以下、会話ダイジェスト↓ 「あのさ、これから土日の朝練ん時、一緒に行かね?」 「う?」 「朝から晩まで練習しか出来ねーし、なんつの、自己流のだけど試合の組み立てとかをさ、道中お前に教えときたいんだ」 「う、うん・・・!」 投球に関してプラスになる事ならば、三橋は必ず頷く子であった。 キャッチャー視点の配球の組み立て方とかのレクチャーの為云々とか言ってはいるが、要は阿部なりのスキンシップなのだ。 スキンシップだとは阿部自身も気付いてはいないのかもしれないが、傍から見れば職権乱用と言い換えても可。 と、いう訳で幾分朝に時間の余裕がある週末は、一緒に練習に向かう事となった西浦バッテリーなのであった。 * ** 西浦ーぜ御用達コンビニの少し手前で、阿部の携帯が鳴った。 「わりぃ、ちと電話」 着信画面を確認してから、阿部は片手を三橋に上げて携帯の通話ボタンを押した。 「何?いや、まだコンビニの手前んとこ」 携帯から微かに漏れ聞こえる声は幼く、どうやら母親からではないようだ。 「・・・あー、了解。じゃ、コンビニんとこで待ってっから」 ムニッと通話を切ると、阿部は三橋の方へ向き直った。 「もうじき弟来るから、ちと待ってくれな。なんか、替えのアンダー取り間違えたみてーでさ」 「うん、わかった」 阿部くんの弟・・・。どんな子なんだろう? もうすぐ阿部の肉親を見れるのだと思うと、何故だか心拍数が上昇しまう三橋だった。意味なく髪を触ったり服装を確認したりと、いつも以上に落ち着きがない。 コンビニの前に二人して自転車を止め、待つ事数分。小さな待ち人は元気な声と共に現れた。 「たーかーーにーーー!!」 自転車でこちらに向かいながら手を振ってる子がそうらしい。 「た、たかにー???」 阿部への呼び掛けが意外だったようで、三橋の視線が阿部と自転車の子の間を行き来して忙しい。 「あー、親がオレんことタカって呼ぶから」 呼び掛けに手を上げて、阿部は三橋の様子に苦笑しつつ説明した。 「た、たか 兄・・・?」 分かったような分からないような顔をして、三橋は阿部にこくこく頷いた。 「おまたせー」 そうこうしている間に、その自転車が二人の前に止まった。 「ぉおおぉおお!?」 自転車を降りて二人の方を振り向いた彼の顔を見た三橋は、思わず感嘆の声を上げていた。 『ち、っちっさい 阿部くん、だ!?』 三橋の声に驚いて目をぱちくりさせているその姿は、正しくリトル阿部隆也。 体格差を除き異なる点を言えば、やや丸顔で目つきと髪質が柔らかい事くらいか? 黒目勝ちな瞳が幼さを際立たせているが、歳は11〜13という処だろう。 「こんにちわ!いつも兄がお世話になってます!」 不躾にまじまじ見詰めている三橋に戸惑いもせず、礼儀正しく挨拶をしてきた阿部弟に、三橋も大慌てで頭を下げた。 「ど、どうも、いつもお おせわされて、ますっ!!」 どっちが年上の挨拶なんだか分からない。 顔を上げた三橋に、阿部弟はにっこり微笑んだ。その表情に激しく動揺し、途端に視線が定まらなくなる三橋。 幼い阿部に笑いかけられてる感じが、すっごくすっごく、するのだ。 「三橋さん、ですよね?」 「ほぇ!?」 阿部弟の意外な言葉に、三橋は背筋をピーンと伸ばして彼へと向き直った。阿部弟はその表情を見て嬉しそうに笑った。 「当たりだ☆」 驚愕で口をぱくぱくさせている三橋に、脅かすつもりはなかったと、阿部弟は慌てて説明に入った。 「お父さんが三橋さんの話してるの、ちょっぴり聞いたことあったから、それで」 ひよこみたいな子だと言われてたとは、口が裂けても言えない阿部弟であった。 「そ、そ なんだ・・・?」 『阿部くんのおとーさんに会った事あったっけ?どんな人だったっけ??オレ、どんな話したっけ???』 と、ぐるぐるしている三橋を尻目に阿部は自分の鞄の中から着替え入れを取り出し、阿部弟に差し出した。 「ほら、お前の」 「ほい、毎度。お母さんがごめんねーって」 阿部弟は前カゴに入れていた着替え入れを取り出し、阿部へと手渡した。 「ん?」 着替え入れを交換したのに手を差し出したままの阿部弟へ、阿部は不審な視線を遣る。 「とーかこーかん!」 その視線に対して阿部弟はダイレクトに報酬を要求、阿部は大きく溜息を吐いて眉根を寄せた。 「あー?オレの所為じゃねーだろ!?」 「文句言わない!親の不始末は子供の不始末!オレ、寝てるトコ起こされてきたんだよー?」 「うっせ!」 「てゆか、おなかすいたー!おなかすいたー!」 口喧嘩する阿部兄弟を見て、三橋はポカーンと口を開けた。 阿部くんが怒ってるのに全然怖くないように感じるのは何故だろう?とっても不思議だな、と。 結局、阿部が折れて財布から小銭を出した。満面の笑みで報酬を受け取る阿部弟。 「隆兄、ありがと!」 「ったく、朝飯ならウチ帰ったらあるだろーに」 コンビニの入り口へ駆けて行く弟の後ろ姿に阿部は独り言ち、そして地雷を踏んだ事に気づいた。 只ならぬ雰囲気に阿部が目を向けると、そこには矢張り、三橋が羨ましそうな顔で阿部弟の後姿を追っていた。 自分も食べたいオーラが出ている、出ている。 三橋の食い意地は阿部にも恐ろしいくらいで、田島と余裕で張り合えるものがあった。 「・・・お前さ、朝飯、食ってきたんだろ?」 「う、でも」 口から涎が出そうな三橋の勢いに、阿部は額に手を当てた。 「待ってっから、自分で買って来いよ」 「う、うん!!」 嬉しげにコンビニの入り口へと駆けて行く三橋の後姿を見送りながら、今日のレクチャーは無しかと 阿部は一人、肩を落とした。 * ** そして待つ事5分弱。 そんな短時間のコンビニの中で、一体何があったのか? 仲良く連れ立って三橋と弟がコンビニから出てくるのを見て、阿部はポカーンと口を開けた。 阿部にとって今まで生きてきた中、はっきり言って一番のサプライズだった。 あの三橋が、まだ会って間もない弟と、フツーに仲良く話している!? 阿部サプライズ渦中の二人は、きゃっきゃきゃっきゃと棒アイスを食べながら並んで話していた。 「しゅ、シュンくんも キャッチャーなんだ ね!」 「はい、隆兄見てて、楽しそうって思って」 「た 楽しい?キャッチャー?」 「楽しいですよ!打ち取れた時なんか、もう特に。ミットにバシーン!って、すっっっごい、気持ちいい」 「おおぉおぉぉぉ・・・!」 阿部の横まで戻って来ても二人で楽しげに話していて、練習前にアイスなんか食ってんじゃねーよと 気を取り直して三橋に注意するつもりだった阿部は、すっかり毒気を抜かれていた。 「お、オレも 打ち取れた時、すっごくきもちいー よ!」 「レン先輩も!?やっぱりー?!」 れ れん せんぱいぃ・・・!? 「れ、れん、せんぱい って」 阿部の心の声は、自覚のないまま外に漏れていた。 裏返ったその声にびっくりして、阿部の方に向けられた二人の視線で、阿部はやっと我に返った。 「お オレの名前 だけ、ど?」 阿部の言葉に、何故そんな事を言うのかと分からないよ阿部くん、みたいに三橋は目をくりくりさせて答えた。 『ンナこたーわかってるつーの!てか、お前らいきなり名前呼びかよ!?』 そう言いたくても言えず口をぱくぱくさせている阿部を、二人はアイスを咥えながら不思議そうに見詰めた。 「オレの事、名前で呼んでってレン先輩に言ったら、じゃあ自分もって、言ってくれたんだよー?」 阿部弟asシュンが兄の心情を少なからず察した模様で、アイスをもぐもぐしながら阿部に背景を説明した。 「あっそ・・・」 うんうんと三橋が頷くのを見て、もーどーでもいい感じに脱力した阿部を、まだ運命は赦してくれはしなかった。 お互いのアイスが残り1/3近くになったところで、シュンが三橋の方へ向き直った。 「レン先輩のアイス、新作のやつ?おいしーですか?」 「う、うん、おいしーよ?食べてみる?」 「やった!じゃーオレのもどーぞ」 「あ、ありが と!」 差し出された食べかけアイスに、お互いうれしそーに噛り付く三橋とシュン。 『・・・何、なんなのお前ら、なんでそこまで』 三橋がこの短時間で田島並にシュンと仲良くなっている事も衝撃であったが、この構図は阿部にとって止めの一撃であった。 そして阿部は三橋と、というか誰とも、アイスの食べさせっこなんかした事が、無かった。 泣ける話である。 「・・・あ、あべくんも 食べる?」 阿部の視線が自分のアイスから外れず、またその表情が悲壮なのに気付いて、三橋はおずおずと阿部に声を掛けた。 「いや、オレも買ってくる」 二人に踵を向けて、阿部はコンビニへとダッシュした。そう、まだ泣くには早いぞ阿部! 急いでアイスを購入し阿部がコンビニを出ると、シュンは家に戻った後で、三橋は一人アイスの棒を咥えて待っていた。 「たかにーに、れんしゅーがんばってって、シュンくんが」 「おー」 三橋への相槌もそこそこに、外装を破って阿部はアイスを一口齧った。冷たすぎて、冷たくて甘い、しかよくわからない。 「・・・一口、食うか?」 三橋の視線が自分のアイスにあるのを確信し、阿部は思い切って三橋に尋ねてみた。 マウンドでは首を横に振らない投手が、捕手の心中を知らぬまま首を横に振った。 「もう お、おなかいっぱいだから いいよー。さっき コンビニでパンも、食べたの」 「・・・・・・」 二人の頭上で蝉が元気よく鳴き始めた。今日もアイス日和になりそうである。 【完】 08/15/07 ***** ** 阿部がじわっ泣きして三橋に詰め寄るまで続く予定は未定です★(ニコ) |