華麗なる阿部一族 第二話


冬の足音が近い澄み切った空の、ある日曜の朝。
阿部はジャージにどてらを羽織って、野球雑誌を読みつつ食卓でホットミルク(プロテイン入り)を啜っていた。
ホットミルクよりもブラックコーヒーが似合いそうに見えるのは、椅子への座り方と雑誌の読み方だろうか?
要は仕草がオッサンくさいのである。
シーズンオフという事もあり、隔週ではあるがゆっくり出来る休日があるというのは阿部にとって有難かった。
練習が辛いと思った事は無かったが、データをじっくり纏める時間が取れないのはデータマニアとしては少々痛かったからだ。
赤ペンでPCに入力する項目をチェックしていると、2階からドタドタと駆け下りる音と同時に玄関のチャイムが鳴った。
「(シュンの客か?)」
そーいやー昨夜はなんか色々サイトチェックしてたな と、活字を追いつつ頭の片隅で思い返していたら、突然聞きなれた声が耳に飛び込んできて、阿部は飲んでいたホットミルクを盛大に噴き出した。
「こ、こんにち わー」
「おはようございます!わざわざ来て貰ってすみません」
白く濡れた雑誌の記事から視線を居間のドアへ移したいのに、いや、今すぐに玄関先へ飛び出したいのに不意打ちの威力が強すぎ、視線さえ硬直してしまって動けない。
「こっちからのが、買い物行くのに近い から」
「えへへ」
シュンの照れ笑いに対して、ウヒッと三橋が笑う姿が脳裏に浮かんだ。
玄関のドアがバタンと閉まった音で、呪縛から解けたように阿部は椅子から転げ落ちた。息も絶え絶えという感じで呟く。
「・・・なに、ソレ?」

えーと?
昨夜、シュンがサイトチェックしてたのは、三橋と出掛ける為?
どーやって連絡してたんだ?携帯?いつメアドとか交換した?
つーか、いつの間にンな仲良くなってんのお前ら?
そーいや、オレに会いに三橋がウチに来た事ってあったっけ?
いや、ない・・・

桐青戦の三橋のワイルドピッチ並に呆然としながら、キッチンの床に倒れ込んで0.1秒考え込み、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きると、阿部は自室へ駆け上がった。
どてらを脱ぎ捨て、代わりにウインドブレーカーを着込んで財布をポケットに突っ込んだ。この間、7秒弱。
獲物を狙うハンター並に目を据わらせた阿部の脳は、二人の事のみでフル回転していた。
客観的に見てもゲンミツに恐ろしい形相で健康サンダルを突っ掛けると、阿部は繁華街の方向へ走り出した。


* **
阿部の読みは外れておらず、数百mも走らないで二人の背後を捉える事が出来た。
勿論声は掛けず、その後ろ数mをピッタリと尾行する。傍から見ると非常にアヤシイ人である。
もう少し年齢が高ければ、間違いなく職務質問されていたであろう。
「先に、買うモノ 見に行く?」
「あ、オレ何か食べたいです。朝、食べてないんで」
「(夜遅くまで起きてっからだ、バカ)」
シュンが朝食を抜くのは珍しい。ギリギリまで寝ていたのは昨夜のサイトチェックが響いたのであろう。
そして夜更かしは正しく今日の二人の為であり、はたまた阿部は気付きたくない事にハタと気付いてしまった。

なんつーの、コレってアレじゃね?世間一般で言う【デート】ってヤツ?

自分の恐ろしい思考にまたフリーズしそうになったが、二人の声が遠ざかるのに気付き、阿部は我に返った。
「(つ、つつつつ つきあってる、っつーのか?・・・いやいやいや、ありえねぇ!!)」
電柱の影で激しく頭を振る阿部の姿に対し、見てはいけないものを見てしまったけど見てないフリで通り過ぎるご近所さんに、無論阿部が気付くはずが無かった。
何とか気を取り直して尾行を開始する阿部の耳に、楽しそうな二人の会話が飛び込んできた。
「な、ナニ食べたい?」
「ファーストフードでオッケっす」
「じゃ、あそこでも いいのか、な?」
「はい!」
「(ファーストフードは、あんま喰うなっつってんだろがぁ!)」
その遣り取りにすぐさま突っ込みを入れたくなる自分を抑え、阿部は二人が直ぐ近くのファーストフード店へ入るのを ぐぅ、と見送る。
プレートを持ち店内の端に席を落ち着けた二人を窓越しに見届け、阿部もその店に入り込んだ。
店員が口を開く前に鋭い眼光で【いらっしゃいませ】を封じ、「ホットコーヒー1つ」と野太い声で頼む阿部。
何処ぞの探偵かと思うような仕草である。つか、既に年齢不詳の領域に到達しつつある阿部であった。
柱の影の二人からは見えない席に座り、砂糖もミルクも入れずにコーヒーを啜る。味もへったくれも分からない状態なので、暖かければ何でもいい。
「ね、ねむ い?」
生欠伸をしたシュンに対して、三橋は気遣う言葉を掛けた。こっちに背を向けているので表情は見えはしないが、おずおずと遠慮がちに話しかける様子が目に浮かんだ。
「あ、すみません。昨日、ちょっと色々調べてたんで。でも、大丈夫です」
「(慣れねー事、すっからだよ)」
照れ笑いをするシュンに阿部は胸の内で突っ込みを入れ、同時に自室のPCで一心不乱にサイト検索をしていた様子を思い返した。
いつもならPCを触りに来ると色々訊かれるのに、そう言えば昨夜は一人で色々やっていたなと、ふと気付く。
「よかった・・・」
「レン先輩に教えて貰ったコトなんですけど、これ」
「う、お?プリント、してきたん だ」
ハンバーガーとかポテトを食べながら談笑する二人の様子を阿部は三白眼でガン見していたが、頭に上った血が冷めていくに連れて空虚な感情が胸を浸して行くのが分かった。
形容しがたい、重苦しい感情。恐らく一番近いものは敗北感なのだろう、それにじわじわと全身が侵されていくのが感じられる。

短期間で三橋と仲良くなった弟への嫉妬?
自分よりも弟と打ち解けている三橋への嫌悪?
そしてあの二人に、こんな感情を抱いている自分への絶望・・・?

「・・・・・・・・・・」
ごつん、とテーブルに額を押し当て、阿部は大きく溜息を吐いた。横目で窓からの空を見上げると、そこには抜けるような青が広がっていた。

あぁ、そーらはこんなにあおいのに かぜはーこんなに

「(・・・さみーよ、外は)」
某有名ソングが脳内で流れ出そうとし、それに阿部は直ぐに突っ込んだ。そーだよ、こんなに天気がいい日なのに、何やってんのオレ?
遠くで聞きなれた声が楽しそうに飛び交っているのを、ぼんやりと耳に流し込む。・・・お前ら、楽しそうだな。オレ抜きで。
「そろそろ行きましょうか?」
「そ、だね」
トレイを片し、三橋とシュンが店内を後にするのが視界の端に映った。
これ以上、追っても自分がダメージを受けるだけだと分かっていながらも、阿部は席を立たずにいられなかった。

* **
次に二人が入って行ったのは、この町でもそこそこ大きめのファッションビルだった。
休日のお昼前、若いカップルやお洒落な集団がわらわらとしている中へ、臆せず乗り込む若い二人の後を付けるウインドブレーカー+素足に健康サンダルの(高校)男子。
ゲンミツにアヤシイ。
が、その様子を描写すると色々痛々しいので、周囲の見解は割愛させて頂く。
二人が立ち寄った店は意外にもハンドメイドの某化粧品店で、女性客で溢れ返ったその店内へ、阿部は流石に入るのを躊躇った。
立ち竦んだ阿部とは対照的に、目的の商品を見つけてだろうか、商品棚に駆け寄るシュン。そしてその様子を見て三橋も嬉しげにその後を追った。
「あー、・・・! で・・・  よね?」
「う、・・・ ・・・よ っ」
周囲のざわめきで、二人の会話が自分の所まで殆ど届かない。阿部はイライラと二人の動向を見守るしかなかった。
シュンが何かを手に取り、レジに行って店の綺麗なおねーさんにラッピングをして貰っているのを、三橋は居心地悪そうな風でもなく見守っていた。
「(あいつが、あんなトコで堂々としてんのが、アリエネー・・・)」
朝からアリエナイ事だらけだったが、女性客に塗れてても動じていない三橋が、阿部にとって今日一番のディープインパクトかもしれなかった。
どうやら会計が終わったらしく、甘過ぎないラッピングをされた包みを店員から渡されたシュンは、何かを言いながら三橋にそれを手渡した。
微笑みながら小さな包みを受け取る三橋を見て、阿部の足は自然とその場を後にしていた。


***** **
「タカにー、ごはーん!」
ノックもせずにガラッと自室の扉を開けたシュンに対して、いつもならば即「ノックしろ!」との怒鳴り声が響く筈なのに音源の阿部は机に突っ伏したまま、微動だにしなかった。
先程帰宅したばかりだったが、兄がジャージ姿でフラフラと帰宅し昼食も取らず部屋に篭ったままだと、台詞内容程の心配をする様子は無い母から聞かされ、シュンは阿部の部屋へと特攻したのであった。
「にーちゃん・・・?」
死体化っぽく見えなくもない阿部の背後へシュンはそっと近寄り、その肩をとんとんと叩いた。
「・・・あんだよ?」
動きはしないが、返答があった事で少し安堵する。
「具合、悪いの?」
「わるくね」
「じゃーごはん」
「くいたくね」
「(今、おめーの顔、見たくねーんだよ・・・)」
自分の中では既に只ならぬ仲である二人に、どんな顔をして会えばいいのか阿部の中で整理が付いておらず、そしてこんな乱れた心情で、普段通りに当人達と向き合える自信も無かった。
「ほっとけよ」
吐き捨てるような阿部の言葉で、シュンの堪忍袋の緒がプッチンと切れた。流石、切れやすさは兄弟同レベルである。
「・・・なんだよ、人が心配してんのに!オレには、ハラ平気ならメシ喰え喰えって、うっさく言うくせに!」
思わずシュンは手にしてるモノで阿部の後頭部を打ち、それはカコンと可愛い音を部屋に響かせる結果となった。
「ってぇな!!」
こんな軽い衝撃で痛みなど勿論ある筈無かったが、打たれた怒りで阿部はガバッと身体を起こし、そして反射的に防御体勢を取ったシュンの手に握られた包みを目にして、ピタリと動きを止めた。
「?・・・・・・ひ!」
何のリアクションも無いので不審に思い、おずおずと防御体勢を解くと硬直した阿部が目の前に立っていて、シュンはその姿を目にして喉の奥で出掛かった悲鳴を、如何にか押し殺した。
「・・・た、たか にー?」
恐る恐る、手をその顔面で振る。すると視線が自分の手の動きと連動する事に気付き、シュンは自分が持っている包みが阿部氷結の原因であると理解した。
「コレがどーかしたの?」
顔面に包みを突き付けられ、思わず仰け反る阿部。記憶の中では、レジ前でシュンが三橋に手渡していたものと同じだ。
「だっ・・・ソレ・・・み」
それ、三橋へ渡してなかったか?と問いかけた自分の言葉を うぐぅ、と飲み込む。言ってしまえば、ある意味全てが終わる。
包みを凝視しながら口をもごもごさせている阿部を不思議そうに見詰め、シュンは口を開いた。
「友達へのプレゼント。レン先輩に選んで貰ったんだよー」
「・・・はぁ?」
阿部のナニソレ?的意図を汲み取ったのだろう、些かムッとした様子でシュンは続けた。
「だって、にーちゃんにこーゆーの相談したって、無駄じゃん!オレの誕生日に『配球解析ソフト』なんて、意味わかんねーモノくれるクセに!」
あんなマニアックなモノ自分が使いたいだけでしょー と、ぶちぶち愚痴るシュンへ、阿部は無意識に問うていた。
「友達って、女?・・・三橋、女へのプレゼントとか慣れてる訳?」
それも想像が出来ない。いや、従姉妹がいるらしーから、アリっちゃアリか?
ぐるぐる阿部が考えてると、カノジョへの贈り物と誤解されたと思ってか、シュンは少々顔を赤くした。
「ちがうよ!友達、投手やってんの。爪、大事じゃん?ネイルケア商品だよ」
「・・・投手、爪? ネイルケア?」
それらのキーワードに引っ掛かり、阿部は暫く逡巡した。そして、いつしかの三橋との会話を思い出した。

「お前さ、深爪とかすんなよ?」
「う?」
少々切り過ぎな感がある三橋の爪を見咎めた阿部の言葉に、三橋は疑問符を浮かべた。
「ボール握るのって、爪も大事だかんな」
「う、お!そ そーだ、ね」
爪も自分が切ってやるべきなのか? と、思い詰めたような阿部の顔を見返して、三橋は感嘆の声を上げた。
そして自分の両手をネイルアートした女子みたく広げ、しげしげと見るその様子に、阿部はこっそり苦笑したのだった。

「・・・あー!」
そんな事を言った覚えはある。が、今まですっかり忘れていた。
気になった事を忘れてた訳ではなく、その後も多分無意識に三橋の爪を見てはいたのだろうが(スキル:三橋観察眼)
恐らく、自分が見咎めるような状態では無かったので、それ以来意識してなかったのだ。
憑き物が落ちたように一気に惚けた顔になった阿部を見、シュンは肩を竦めた。一体その反応が何なのか訊きたいが、訊いた処で教えてくれる筈もない。
「(やっぱり、タカにーの思考はよくわかんないや)」
理解出来ない方が自分の為なのかもしれないと、薄々シュンは感じ取っていた。

因みに、阿部が三橋から例の包み(お店の試供品)を受け取り、全てのカラクリが氷解するは翌日の月曜の朝である。

【完】

12/06/07
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色々オカシイ・・・構想は夏の終わりに立てたのに(もう冬だゼ★)。ギャグの書き方忘れてなくてヨカッタです(笑。ミハはルリちゃんの付き沿いで女性用店も平気だと妄想。


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