西浦高校野球部の事件簿 第一話 【前編】 うらかな土曜日の午後、埼玉県立西浦高校野球部の10人は東海道線下りのボックス席にいた。 ガタン、ゴトン、ガタン、ガタン、ゴ 単調な電車音を遮る賑やかな集団が、彼らである。 「冷凍みかん食うひとー?」 「あ、はいはーい!オレ食う!」 「オレもーほしーかもー」 「水谷ー、そんなん何処で買えたの?」 「静岡近辺じゃないと、売ってない気が・・・」 水谷は鋭い突っ込みを入れた西広にチチッと指を振った。 「決まってんじゃーん、昨晩仕込んで来・た・の★」 「す、スゴいぃ〜・・・」 「蜜柑って、季節じゃなくねー?」 水谷をソンケーの眼差しで見つめる三橋の声に、手にした冷凍みかんを見つめながらボソッっと阿部が呟く。 「実は何年モノとかだったりして」 泉は手に取った冷凍みかんを剥きながら、阿部の言葉を平然と流した。 「うは、マジで?」 冷凍みかんを両手に包み込み硬直する沖。 「ちょ、お前ら、少しは静かにしろよ!」 花井は周囲を気にしつつ冷凍みかんに群がる部員達をたしなめたが、 同方向の目的地へ向かう周囲のご老公達は全く気にしていない様子であった。 こっそり、ふーーーと長い息を吐く花井。寝不足なのか目の下がややくすんでいる。 『なんで、温泉で、ンナ疲れしなきゃ、なんねーんだ・・・?』 とは、彼らのキャプテンである花井が帰りの電車の中で再度、息も絶え絶え毒づくことであるので 今はサクッと彼の愚痴は割愛させて頂く。 ***** ** さて、何故箱根温泉なのか?賢明な読者諸君はそう考えるであろう。 では説明しよう! 発端は一ヶ月前、三橋家からの封筒であった。 「コレ、会社から頂いたのだけど、監督さんに使って頂いたらどうかしら?いつもお世話になってる事だし」 との母の提案を、三橋は素直に学校へ持って行った。 「こ、これ、ウチのオヤが、カントクに どーぞって」 「えーなになに?」 練習前のミーティングで三橋から手渡された封筒の中身を見たモモカンは 口をロボットさながらバカッと開けた。 その人外な形相に震え上がる野球部員。元凶の三橋は失神寸前である。 「こ、ここここ、こんなの、受け取れま せんっっっ!!」 ビラーーーッとモモカンの両手に広げられたのは、旅行券10万円分であった。 『流石三橋家、恐るべし・・・!!』 と、三橋+田島以外の全員は思った。 「気持ちはすっごく嬉しいけど、受け取れないよ。お家の人は使わないの?」 「あ、う、ウチ、オヤ忙しいから、使う暇ない みたい・・・」 漸く普段の顔つき+困惑の表情になったモモカンを見て、上目遣いに恐る恐る三橋は答えた。 「い、いつも練習とかバイトとか、大変だろうから、温泉にでも どーですかって、おかーさんが」 一生懸命説明する三橋の言葉に、【むむむ】とモモカンは眉根を寄せた。 『返されたら、おかーさん ガッカリする、だろな』 『モモカン、ゴージャスに温泉行ってくればいいのに』 『だよなー、バイトで自分の休みとか無いんじゃんね?』 『野球部にはあの何倍も注ぎ込んでんだろー、貰っちまえ』 『たまにはモモカンもゆっくりしてほしいよな』 『旅行にも興味無いん?野球オンリー?ヒエー・・・』 『温泉、いいよなー温泉!』 『泳げるくらい広い風呂があるトコがいい!』 『何処の温泉が筋肉疲労にいいかな?』 『美容には気を遣ってなさそうなのに、肌綺麗だなぁーいいなぁ』 『湯上りのモモカン・・・・・・・』 部員達の心の声(つーかヒソヒソ話)が届いたのか? 大きく溜息を吐き、モモカンは【にやっ】と笑った。 「分かりました、大きな大会も一段落したし、これはみんなで使う事にしましょう!」 「「「「「「「「「「「うひょぇええぇーーーーー!?」」」」」」」」」」」 註:↑野球部11人の、驚き・喜びの声である。 ***** ** そういう訳で、『西浦高校野球部ご一行様・一泊二日箱根温泉ツアー』は成立した。 旅行企画を練ったのは主将花井・副主将阿部・マネジ篠岡の同クラス三名。 篠岡は主に皆のスケジュール調整を担当する事となった。 昼食後、PCルームで打ち出した資料&旅行パンフと昼寝もせずににらめっこする花井と阿部(+突っ込み役水谷)。 「箱根は遠くね?秩父とかでいいんじゃん?」 阿部の持ってきた箱根一辺倒な資料を見て、花井は呆れ顔である。 「いや、箱根で」 と、何故か阿部は頑なに譲ろうとしない。三橋以外の事に阿部が執着するのは、非常に珍しかった。 「なーんか、いい想い出でもあんの?」 何気なく訊ねた水谷の言葉に、不意打ちを食らった様に言葉を詰まらせる阿部。心なしか顔が紅潮している。 「何もねぇよ!!!」 「あ」「っそ・・・」 阿部の剣幕に引きまくる二人であった。 『もう、この件については無かった事に』 『ら、ラジャー!』 ディープインパクトを避けるべく、アイコンタクトで話す花井と水谷。 「わーった、んじゃ阿部の持ってきた資料からさがそーぜ」 「あ、オレも手伝う手伝う!」 「・・・おー」 掛かる事、昼休み時間×5日。 かくして、7組ーずの奮闘?で宿と日程を確保したのであったが、決定後の変更がポチポチ現れる事となった。 まずはシガポ。 娘さんの学校行事と重なる為、欠席。 「仕方ないねー、また今度かな?」 そして篠岡。 他校とのマネジャー集会に重なってしまい、欠席。 篠岡は本当に本当に残念そうであった。温泉大好き!な年頃の女の子である、無理もない。 「ホント残念ー。でも外せないの、ゴメンね」 そしてそして当日の早朝、花井の携帯にでっかいキャンセルが入った。 「・・ぁい、ぁないっ すー」 目覚まし時計を止めるように通話ボタンを押し、誰からの電話かを確認しないまま夢現な花井は携帯に出た。 〔花井君?ほんっと、ゴメン!!〕 「・・・あ?かんとく?どーっしたんすか?」 モモカンの声に一気に目が覚める。条件反射のように布団の上に正座している花井であった。 〔バイトのピンチヒッター頼まれちゃって、どーにも抜けられなくなっちゃってさー〕 「うぇ!?マジっすか、つか、それヤバくないっすか?」 モモカン以外は皆、高校生である。 引率者という名目のモモカンが居なければ、旅館に泊めてもらえない恐れがあった。 〔でね、花井君が大学生の私の弟って事で行ってくれないかなー?背高いし、だいじょぶだと思うんだ〕 「うへぇ!」 〔台帳書く時に私の苗字を書いて頂戴。頼んだよ!〕 プ。 「ちょ、監督っ!?」 ツーツーツー。 「マジかよ・・・」 無情に表示されている『通話料0円』の文字を見つめ、花井は捨てられた子犬のような表情で呟いた。 そしてはた、とある事に気付く。 「つーことは、オレが書く名前って」 『百枝 梓』 花井は気力が0になるまで、布団の上を転げまくった。 「それって婿養子ってこと!?それって、何のプロポーズ!?どーなんの、オレ!?!?」 目を覚ませ、梓。だからモモカン弟代理だって。 【続く】 07/01/07 ***** ** おまけ:電車の席位置妄想 窓側・進行方向→
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