西浦高校野球部の事件簿 第一話 【後編】


午前中は通常の練習してから宿へ向かった為、着いた時には丁度夕飯に良い時間になっていた。
大部屋とはいえ、朝夕飯付きで11名が三橋家進呈旅行券内で収まったとはちょっと思えない、こじんまりとしていい感じに古い旅館だ。
「ケツいてぇえーーー!」
「腹へったなぁー」
「部屋ってどこなのかな?」
「超、風呂入りてー」
「オレ、と、トイレ・・・!」「お、おお、オレ も」
「何、この置物!おんもしれー!」
「あー、あー、ちょい待ち!オレがチェックインするまでロビー待機で。あ、トイレは行っていいから」
鈍行列車3時間弱に耐えた開放感からロビーに入るなり、好き勝手やり始めた一部の部員達に牽制球を投げる花井。
その声にトイレへと駆け込む者、ソファーに倒れこむ者、パンフレットを手に取る者、置物をゲンミツにチェックする者等、様々であった。
「百枝様、ですね。こちらに記入お願いします」
「あ、はい」
フロント係りに呼ばれ受付に向かう花井の様子を見ている者が居ればデジャヴを感じたであろう。そう、埼玉大会抽選時である。
はしゃいだりくつろいだりする部員達を背景にギコギコと必要事項を記入し終え、一息付いた花井の肩口に顔を出した男がいた。
「なるほど」
「ぅ」
ふーん、と興味なさ気に花井の手元にある記入用紙を眺めながらも、無表情の奥に何かしらの含みが見える阿部に言葉が出ない花井。
「部屋、305だ。巣山!」
「ほいよ」
阿部はカウンターに置かれていたルームキーを、硬直している花井の代わりに放り投げた。巣山ナイキャ!
「部屋に行って荷物置いたら、すぐメシだかんなー」
「オッケー」
待機組が移動し始めたのに気付き、放牧組もパタパタと荷物を取りに戻ってくる。
「オレらもいこーぜ、百枝」
「ぐ」
フロント係りが近くに居たからこその言葉であろうが、阿部の後姿に含み笑いを感じ、花井はその背を力無く睨んだ。

***** **
究極のハラペコ状態の球児達にとって、並べられた食事のお預けは拷問に等しい。しかも普段以上に豪勢な夕餉なら尚更である。
着席するなり全員が花井を睨んだ。皆、口元がヤバイ。垂らすなy!
ハイハイと目を閉じ、深呼吸する花井。それが合図かのように各自が膳に目を据える。
「・・・うまそうっ!」
「「「「「「「「「うまそう!!!!!」」」」」」」」」
花井の掛け声と共に合唱し、手を合わせる。バッチーン!
「「「「「「「「「「いただきまーーーす!!」」」」」」」」」」」
飢えた獣が獲物に襲い掛かるが如く、膳の上のご馳走へ物凄い勢いで箸を伸ばす西浦ーぜ。
「うめっ!ナニコレ!!」「ぉお、うめー!」
「ハラに沁みるぅ〜・・・」
「誰かコレ食ってー」「「「オレ食う!」」」「1個しかねーって」
「ご飯おかーりー!」「メシはセ・ル・フ」
「おい、隣の部屋で他の客がメシ食ってんの、わあってんよな?」
「「「「「ふ ぁ はーい!」」」」」
賑やかな喧騒と共に、夕餉は30分弱で部員達の腹の中へ納まったのであった。もっと良く噛もうな。

* **
「いやー、うまかったなー」
「フロいこーぜ、フロ!」
「オレはちと腹こなしてから行くわ」
「オレ ねそ〜・・・」
「TV、今なにやってんだろ?」
「番組が微妙に違うよね」
満腹な腹を抱え満ち足りた部員達が部屋でゴロ寝したり風呂へ行く準備をする中、阿部は三橋の姿を探していた。部屋には居ない。
食べ終わると同時に田島に引っ張り出されるように席を立った三橋の行き先が気になっていたのだ。
「先に風呂行ったか」
風呂の仕度を抱え、首筋を揉みながら阿部は大浴場へ向かった。

今回、箱根に拘ったのは夢見の所為だった。
家族で行った箱根旅行がベースになっているらしいその夢は、温泉が初めてな弟のはしゃぎっぷりが印象に残った。
実際はもう可愛いとは思えない歳になっている弟は、夢の中では3,4歳くらいだった。
にいちゃん、にいちゃんと自分の後を追いかけてた頃だ。
「にいちゃん、気持ちいいね!」
湯に浸かりながら阿部に笑いかけた弟の顔は、目覚める直前に三橋のものへと変わった。
その笑顔が脳裏に焼きついて、どうしても他の温泉場を選ぶ気になれなかったというのが本音である。
女房役としても気にし過ぎ・構い過ぎじゃないかと我に返れば思いそうなものであるが、三橋に対して我に返らないのが阿部である。
いつの日か我に返って、それがKOIじゃないかと思い悩むがいいよ?

「あ、阿部くん」
「お」
暖簾の前で居場所がなさげに立ちすくんでいた三橋は、阿部の姿を認めて安堵したように声を掛けてきた。珍しい。
「た、田島くん 見なかっ、た?」
「部屋には居なかったぜ。つか、なにその鍵」
三橋が持つ大きな木の札が付いた鍵に目を遣る阿部。間違いなく部屋の鍵とかではない。
それに、この場所は・・・
「田島くんがね、貸切風呂はいろーって。だからオレ、待ってるんだけど」
「はぁ?」
ナニ言ってるのコイツ?と阿部は表情を思いっきり凍らせた。髪の毛が少々逆立ってるその形相に怯える三橋。
しかし、黙り込むとうめぼしの刑になると経験則から分かっているので、三橋は震えながらも必死で言葉を続けた。
「あ、あのね、【廉の湯】ってのがあるから って、田島くん が入ってみよーって」
「はぁ・・・」
思いっきり脱力する阿部。確かに目の前の暖簾には【廉の湯】と書かれてある。
貸切風呂=家族風呂≒カップル風呂つーのが分かってねーのかよ!?、と阿部はその場にしゃがみたい心境に駆られた。
「時間ないから、オレ、入ってくる。田島くんに会ったら、先入ってるって ゆって、ね」
その言葉に、阿部の脳裏に色々なKYT(危険予知トレーニング)が駆け巡った。
田島に湯船へラリアートで突き落とされる三橋とか、湯船の中で田島に馬乗りされる三橋とか、
田島にシャンプー掛けられすぎて目に入っちゃう三橋とか、とかとか。
「待て、オレも入る」
「え」
まじまじと三橋は阿部の顔を見た。怒ってはいないけど、読めない複雑な表情だ。
どう答えてよいものか口をパクパクさせている三橋に、阿部は問答無用の最終通告を突きつけた。
「ヤなのかよ?」
「え・・・ヤ じゃ ない、です」
そう答えるしかないよね。
「じゃー(見られちゃめんどくさいから)とっとと入っぞ」
「う、うん」

 『なんでこんなことにー!?』

は、暖簾を潜りながら二人が心の中で叫んだ台詞である。

* **
さてその頃、田島は卓球台の前にいた。向こう側には浴衣姿の水谷がラケットを構えている。
忘れ物を部屋に取りに返った時に水谷の卓球自慢を耳にした田島は、その腕に挑戦したくなったらしい。
そして貸切風呂の件は悲しいかな、勝負を挑んだ時から田島の記憶から抜け落ちていた。三橋、南無・・・。
「水谷、いっくぜーーー!」
「来い!神童と言われた(らしい)オレのラケット捌きをみせてやる!」
田島は白球を宙に浮かせ、ラケットに叩き付けた。パカーン!
ピンポン玉は水谷の背後の壁に跳ね返って、卓球台へと転がった。思わず額に手を当てる水谷。
「・・・たじま、お前」
「何?」
「卓球のルール、知ってる?」
ラケットを顔面前で振り振り、満面の笑みで答える田島。
「しらなーい!」
お手本のようにコケる水谷。
「ぉい、勝負になんねーだろ!?」
「だいじょーぶ、水谷の見て覚えっから。そしてゲンミツに勝ーつ!」
不敵な笑いとガッツポーズで答える田島に、マジな表情をする水谷。
「・・・それでオレに勝つってか?なめやがって」
こうして熱い闘いの火蓋は切って落とされた。

* **
本来ならば、和やかな若しくはラブラブな会話が弾む場所であるはずなのに、【廉の湯】は重苦しい沈黙に沈みこんでいた。
二人、湯に浸かったはいいが、会話が形成される気配が全くない。視線をあわせようともしない。
そして湯の温度と緊張の相乗効果で体温の上昇率が半端ない。
チームメイトが居る場所や自分のホームグラウンドだと話が出来るけど、二人きりの異空間だと上手く会話が出来なくなる、アレである。
「お、おせーな、田島」
「う、ぅん・・・」
何とか三橋に掛けた阿部の言葉も相槌後の沈黙に呑まれ、更に言葉が続かなくなる二人。どーしようもない。
「ん?」
三橋の呼吸音に異変を感じ、阿部はその方向を向いた。三橋の顔が湯当たり以上に赤くなっているのに漸く気付く。
「お、おい、大丈夫か?」
「ぅ・・・」
くにゃり、と湯に沈みそうになった三橋の身体を阿部は慌てて抱きとめた。半分意識がないようだ。
「うわ、やっべぇ!」
三橋を抱きかかえたまま急いで湯船を出て、その身体を床に横たわらせる。
自分のタオルを水で濡らすと、三橋の項に当てた。上せた時はここを冷やすのが一番いい。
少し落ち着いた三橋の様子に阿部は安堵の吐息を吐いた。手で顔を扇いでやる。
「田島は来そうにねーしなぁ」
自力で三橋を外に連れ出すしかない状態であった。仕方ない。
全身の力が抜けている三橋を肩に担ぎ、阿部は風呂場を出て脱衣所に入る。三橋を床に座らせると、ふーっと一息ついた。
「おい、三橋、起きろ」
「うにゅ・・・」
頬を軽く叩いても目を開ける気配はなく、三橋が自力で着替えるのはどうにも無理そうであった。
「拭いてやるか」
三橋のバスタオルを引っ張り出し身体を拭く。どうにも目のやり場に困るのでテキトーな拭き具合になるが仕方ない。
テキトーに浴衣を着せて帯を締めてやる。下着を穿かせるか穿かせないか迷ったが、精神安定上、止める事にした。
「・・・泣きてぇ」
なるべく三橋の顔を、身体を見ないようにしてたのに。つーか三橋は男なのに。何故に。
あぁ、もう、自分が意味分かんねーーー!!と、阿部は股間を押さえつつ蹲り、心の中で絶叫した。

***** **
どうにか立ち直った(治まった?)阿部が、まだのびている三橋を肩にして貸切風呂を出たのは時間を大分オーバーしてからだった。
「あ、あの」
「う」
貸切風呂を出たところに、旅館の従業員であろう制服を着た若い女性が立っていた。二人の様子に赤面している。
「お時間が過ぎているので、どうなさったのかと」
「あぁぁ、・・・すみません」
赤くなり青くなりうろたえる阿部の手から鍵を受け取ると、女性従業員はキャー!と言わんばかりに走り去った。

 絶対、誤解された。

ボーゼンと立ち尽くす阿部の浴衣を、扇風機の風がふわりと撫でていった。
旅館の夜は、まだこれからである。

【完】

07/23/07
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ラジオのゆーきゃん発言より哀を込めて。続くかもしれませんが一応〆ます。阿部、ゴメンなー☆(←笑いながら)


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