西浦高校野球部の事件簿 第二話 「花井くん、ちょっとええかな?」 昼食後、残りの昼休み時間に部室で練習内容の確認をしようと、教室を出かけた花井を呼び止めたのは 7組の学園祭実行委員であった。 同じく、部室へ向かおうとしていた阿部も共に足を止めた。声の主を見て、誰だっけな?なんて傍で首をかしげている。 「何かな?」 「忙しいやろから、手っ取り早く言うな?学祭、野球部から出し物用に男手一人、貸して欲しいねんけど!」 と、実行委員の彼女はニコッと笑った。快活な関西弁と外ハネな髪型が彼女の性格を表しているようだ。 花井が口を開く前に、更に捲くし立てる。 「練習大事なん分かるしー、当日だけでええねん!当日は部活できひんし、かまへんやろ?ホンマ頼むわ!!なっ?」 と、拝み倒す仕草をされて、その迫力に花井は思わず一歩下がった。助け舟を求めるように阿部の方を向く。 「な、なんだっけ、ウチの出し物?」 「さぁ?」 流石、部活命!の主将&副主将。しかし、そんな態度が許されようハズもない。 二人のやり取りに実行委員の彼女(略して実カノ)は、こめかみに何かを浮かせて表を上げた。 強烈なオーラを感じて、引く野球部二人。 「・・・ぁんっっったらなー、幾ら部活が大事でも、みんなの行事やで?青春の1ページなんやで?それを」 即、両手をホールドアップした花井の役者じみた動きに、女のあしらいは意外に上手そうだなと阿部は感心した。 「わ、悪かった!!一人出」 「いやー、ホンマ?嬉しーわぁ☆」 花井の言葉が言い終わる前に、実カノは微笑みながら花井の両手を取って歓喜の声を上げた。こっちのが十枚役者が上だと阿部は感心した。 「で、出し物って、何?」 胡散臭そうに訊ねる阿部へ、実カノは阿部のお株を奪うように、ニヤッと笑ってみせた。 勝利宣言の如く、ビシィ!と指を天に向ける。 「女装メイド喫茶!」 顔を見合わせる野球部二人。そして二人同時に教室内に駆け込むと、机に突っ伏して寝ていた水谷の襟首を引っ付かんで 実カノに差し出した。哀れ、訳も分からないまま水谷は半寝半生状態である。 「「どうぞっ!!!」」 完璧なユニゾンだった。 ***** ** そして学園祭当日。 「・・・なんだかんだ言って、水谷ノリノリだったなー」 セッティングの手伝いで教室に向かいつつ、呆れたように阿部は独り言ちた。 メイド姿を女子達に囃し誉めそやされ、水谷は満更でもない様子であった。天然って素晴らしい! 確かに、体格は些かガッシリしているものの、綺麗な顔立ちの水谷はメイド風のモデルに見えた。違和感が、ナイ。 「ま、結果オーライってヤツか」 溜息と共に呟いた阿部の背に手が掛かった。と、ほぼ同時に振り向く阿部。 すると、引きつった実カノの顔がそこにあった。片手で胸を押さえている。 「ひ、びっくりするやん!!」 「・・・フツー逆じゃね?」 無表情に答える阿部に、強張ったまま笑顔を浮かべる実カノであった。 「ま、ええから、ちょっと阿部くん」 「何?」 シャツの背中を掴み、実カノは阿部をパーティションで仕切られている教室の片隅に連れ込んだ。 時間が早い所為か、周りに人は居ないのに、パーティションの内には女子が数名準備をしている。 何故かイヤな予感がして、阿部は無意識に外へ出ようとした。が、その手首を実カノは掴んだ。女性とは思えない握力である。 「・・・勘がええねんな、阿部くん」 不穏な台詞に思わず実カノの顔を見た阿部は、その表情に一瞬怯んだ。 「な」 阿部が言葉を発する間も無く、そこに居た女子全員が襲い掛かってきた。 シャツを脱がし被せるように衣装を着せる者、その間にベルトを外しズボンを下ろす者、 (人権配慮の為か、衣装が下まで下ろされてからズボンは脱がされた) 乱れた頭髪を整えヘッドドレスを着ける者、靴と靴下を脱がせてニーソックスとパンプスを履かせる者、 何処ぞのギャングも真っ青な手際で、阿部は男子高校生の服装からメイドの衣装へと、着せ替えられた。 この間、僅か一分強。 「あー、意外に似合うやーん☆これならオッケーかな♪」 実カノは阿部の背後でエプロンのリボンを結びながら、安堵したように言った。周りの女子もウンウンと満足気だ。 「な、ななな なななな」 漸く目の焦点が合った阿部は、目の前の姿見に写った自分の姿に、また焦点を失いそうになった。 ぐらんぐらんしている阿部へ、実カノは申し訳なさそうに口を開いた。 「ゴメンな、水谷君、急病で今日休みやねんて。花井くんは舞台設置で手ぇ廻らへんから、阿部くんがピンチヒッターって訳」 な、 何ぃいいいぃぃぃいいい!? 「ク・ソ・レ・フ・トぉおぉぉおおおぉ・・・!!!!!」 と、迷台詞を同じポーズ、しかもメイド姿で二度も言う事になろうとは、神様だって思わなかったに違いない。 ***** ** 学園祭が始まった。 まだ呆然としている阿倍の前で、テキパキと動く他のメイド(女装)達は日の光を受けて眩しく見えた。 事前に何回か着付けた事があるのだろうが、全く照れも違和感も感じさせない彼らの立ち振る舞いには感動さえ呼び起こされる。 因みに水谷欠席の理由は、学園祭メイドデビューの前祝いで食べ過ぎたケーキが原因の急性腸炎であった。なんという天然家族。 「・・・まぁ、仕方ねーか」 周りが同じ格好をしていると感覚が麻痺するのか、気を取り直して阿部は頭を掻いた。 着替えようにも服は何処かに持ち去られているし、服を探そうと教室の外に出ようものなら、この姿を大勢に晒す事になる。 実カノからは、給仕はしなくていいので厨房関連を手伝って欲しいと言われていた。 表に出ないならば、ンナ格好する必要ねーだろ!と阿部が異議を唱えると、 「一人だけフツーの格好すると、他のみんなが白けるやん?ここはメイドさんの店なんやで」と、実カノは諭すように答えたのであった。 『何にせよ、ここで大人しくしているのが得策』 阿部は腹を括った。 さて、その頃。 「た、田島くん 何処か、な?」 事前に貰ったチケット類を握り締めながら、三橋は多数の人々が行き交う廊下を彷徨っていた。 「水谷がなんかメイドのカッコするらしいって!チケット貰ってるから一緒に行こうぜ!」 と、田島に誘われたはいいものの、各クラスの出し物に各々目を奪われる二人が逸れてしまうのは、時間の問題であった。 「水谷くんの クラスに行ってれば、きっと会えるよね・・・」 三橋はひとり頷くと、7組へと歩き出した。 一方、そうとは全く知る由もない阿部は、ある生理現象を堪えていた。尿意である。 7組は階段の隣に位置し、その階段を挟んで反対側にトイレはあった。トイレより奥で出し物はしておらず人気はなかった。 上手くすれば誰にも自分と分からせないまま、用を済ませる事が出来るはずである。 「おっし!」 阿部は気合を入れると意を決して教室をダッシュで飛び出し、男子トイレに駆け込んだ。 幸いにして誰もおらず、いつものように小用器で用を足す事が出来た。しかし、スカートで立ちションはヘンな感じだ。 「やれやれ・・・」 手を洗って男子トイレを出ようとした阿部は、済ませた開放感からか全く周囲を警戒していなかった。 「あ、 あぁ あべ、くん・・・?」 三橋の驚きの声は、そんな阿部のハートを不意打ちで殴り飛ばした。 「っみ・・・!!!」 あんまりな事態に硬直する阿部。三橋もどういう事態か飲み込めないまま、同様に硬直する。 見詰め合ったまま、数秒間凍りつく二人。 先に金縛りが解けたのは阿部だった。理性が戻ると共に頭に血が上るのが分かった。 一番、見られたくない相手に見られてしまったという思いが、脳内を駆け巡る。 例えるなら、好きな女の子に自分の女装姿を見られる感じか? ・・・って あれ、オレ何考えてんだ意味分かんねーーー!! と、一人混乱に落ちる阿部を目前にして、三橋も徐々に定常状態へとシフトしていった。 『あ、阿部くん が、メイドのかっこ?・・・なんでだろ、でも 何か、言わないと』 阿部は青くなったり赤くなったりしているが、よくよく見ればそうヘンでもない。 いつもはユニフォームに防具姿を見慣れている所為か、柔らかそうな生地とフリルに包まれている阿部が 必要以上に無防備そうに見えて、何故か三橋は少し嬉しくなった。 「あ、あべくん、似合ってる よ?」 三橋が思わず掛けたその言葉に、堪えていた阿部の中の諸々が、決壊した。 「あ、阿部 くん?」 俯いてブルブル震えだした阿部を、三橋は心配そうに覗き込もうとした。 「ぉっんめーーーーのが、似合うに、決まってんだろぉぉぉぉぉおおおおぉおっっっ!!?!?」 「きゃ!?」 身を起こして叫んだ阿部は、かなぐり捨てる様にメイド服を過ぎ捨てた。 それを片手で掴むと、阿部の勢いに腰を抜かした三橋へと突きつけた。目が据わってる。 「おめーが着ろよ」 「ぅ・・・」 横に首をフルフルと振る三橋。そりゃそーである。 「ぃ、い いヤ ダーーーーーーーッ!?」 身の危険を感じた三橋は、脱兎の如くその場を逃げ出した。阿部も条件反射の様に追いかける。 「待ちやがれ、いいから着てみろっつってんだよ!」 「い、いやぁーーーっっっ!!!」 メイド服を片手に握り締め、トランクス+ニーソ姿で廊下を駆ける阿部の姿は、西浦高の伝説となった。 そして、来年度から学園祭で女装は全面禁止になった事は言うまでも、ない。 【完】 07/12/07 ***** ** ぺこえさんのメイド画で一瞬にして閃いた話です。阿部FANの方々には誠に申し訳なく以下略。でも、色々吹っ切れました。 |