西浦高校野球部の事件簿 第三話 放課後の校舎。テスト初日が終わった校舎の廊下は、今日への溜息と明日への重圧で覆われていた。 「あれ、どーしたん?今日、病欠?」 教室の扉から出迎えるように顔を覗かせて、水谷は目をパチパチとさせた。いつもの面子が一人足りなかったからだ。 泉と田島が鞄を引っさげて7組前の廊下に立ってるのに三橋がいない。気の所為か、田島が不機嫌そうである。 「西広にマンツーマン頼んだみたい。図書室行くって言ってた」 「なんだ、珍しーな」 泉の返答に、水谷は瞬かせていた目を丸くした。 テスト初日、必然に迫られているとはいえ、そしてチームメイトにとはいえ、あの三橋が自主的にタイマンで教わろうとするというのがレアだ。 「なんかな、阿部に会いたくないらしーぜ?」 「おい、田島っ」 声の大きさを嗜めるように泉が田島を肘で突付いた。不服そうに睨み返す田島。 「なになに、どゆこと?」 スキャンダルっぽい匂いを嗅ぎつけ、廊下側に身を乗り出して嬉しそうにヒソヒソと水谷は田島に訊いた。 ポーズが何処ぞの家政婦ドラマ張りに気合入っている。 「阿部を見るとしたくなるからーダメなんだって、さ」 さらーっと、ある意味問題発言ぽい事を言ってのけた田島に、ガコッと肩を落とす泉とピシッと固まる水谷。 「な、何を・・・?」 固唾を飲み込みながらも、水谷は半笑いをキープしつつ訊ねてみた。 「言葉に出すと耐えられないかもしんないから、言わないって」 田島はつまらなさげに口を尖らせて、徐に鞄をバットのように振り回した。慌てて避ける二人。 そして水谷は避けたポーズのまま、組み敷きそうな勢いで泉の肩を掴んだ。表情が試合時以上に真剣である。 無駄にカッコイイ。 「な、なになになに何!あいつらって、そーゆー関係だったの???つーか、いつから!?オレぜんぜ」 「落ち着け!」 諸共倒れこむのは御免とばかりに、沸騰した水谷の脳天へ鞄を垂直に落とす泉。 思わず屈もうとした水谷の後頭部へ田島がスイングしている鞄が直撃した。 「ごふっ!」 「「あ」」 「・・・何やってんの?」 廊下に伸びている水谷を足元に見下ろしながら、廊下の反対方向から来た阿部は呆れたように呟いた。 「う、いや、まぁ」 噂相手の不意の出現に、視線を足元から阿部へ彷徨わせながら柄にもなく言葉に詰まる泉であった。 「水谷が勝手にぶつかって来たんだよー」 鞄を肩に掛けなおし、決まり悪そうに田島は言った。・・・確かに故意じゃない、ネ! ふーん、と興味なさ気に二人を一瞥し、阿部は水谷の襟首をぐいっと掴んだ。水谷が自力で起き上がる気配は、ゼロだ。 阿部はこの場に三橋が居ない事を気に掛けてもいないようだった。 「他のヤツらはもう中だ。数U、プリント持ってきたよな?」 「お、おう」「持ってきた!」 「そか、じゃー始めっぞー」 水谷を片手に引き摺り教室に入る阿部の後を、田島は水谷を踏み付けそうになりながら、そして泉は首を傾げつつ続いたのだった。 ***** ** さて、諸事情により、もうテスト最終日である。 @もう少しで開放されるがまだ挑むモノがあるという緊張と緩和の中で、生徒達はゴールに向けてラストスパートをかけていた。 そんな中、花井は水谷から吹き込まれた聞きたくもなかったぶっちゃけ在り得ない噂話に、思考を70%程持って逝かれていた。 テスト中なのに、のにのに。合掌。 『こんで追試になったら、恨むぜ阿部』 ペンで彩られた参考書から視線を外し、斜め前に位置する阿部の背を睨む。 渦中の人は花井の心中など何処吹く風、時間を持て余すようにノートをペラペラ捲っている。 対岸の水谷が応援したくなる程必死な様子と、良いコントラストを醸し出していた。 『三橋となぁ・・・しかし、やっぱ信じられねぇ』 自分が知る限り、そんな素振りは全く感じられない二人だった。 寧ろそんな関係になっているなら、何故に部活中もっとお互いのコミュニケーションを円滑に出来なかったのか? 激しく問い質したい。数か月分問い質したい。オレの心労を返して欲しい!!! あー、でも水谷が言った通りの関係なら オレ、今後キャプテンとして、どう振舞えばいいんd!? くはぁ〜〜〜、と大きく溜息を吐いて机へ突っ伏する花井に、前の席のクラスメイトが少し振り返って苦笑した。 「あと1教科だぜ?倒れるにはまだ早ぇよ」 「・・・ぉー」 力なく応えながらも、ホントの試練はテスト終了後からなんだ・・・と、花井は心の叫びを独り涙に変えた。 * ** テスト終了のチャイムが鳴った。 諦めの声よりも喜びの声が大きいのは必然である。そんな開放感で満たされる教室に近づく騒音がひとつ。 ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたっ、ガラッ!! 騒音=廊下を爆走する足音が止まると同時に7組の扉は派手に開かれた。 扉の向こうには息を弾ませた三橋がいた。解答用紙が回収されたと同時に教室を飛び出したに違いない、そんな有様である。 「あ、ぁ あ、阿部 く、ん・・・!ぃい、いこっっっ!!」 三橋の声に超反応する花井と水谷。そして同時に呼ばれた阿部本人を振り返り見る。 彼は、件の笑みを浮かべていた。 「じゃー、やるか」 色々アレな想像が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、真っ白に燃え尽きる二人。 準備OKとばかりに鞄を担いだ阿部に向かって、三橋は心底嬉しそうに微笑んだ。 「う、うん・・・!」 扉を開け放った三橋へ目を遣っていた女子数名が、その表情に思わず頬を染める。 教室を連れ立って出て行く彼らを、灰の如く燃え尽きた二人には引き止めるも問い質すも、何もなす術は無かった。 ***** ** 「しかし、なんつか」 久々にユニフォームに着替えグラウンドへと出た泉は、ストレッチをしつつ独り言ちた。 その視線の先には、早速マウンドへ立って投球練習をしている三橋の姿があった。 普段の練習時よりも何倍も跳ねるように生き生きして見える。ボールを投げる度に、返球される度に、笑顔が零れた。 「ナイスコース!」 阿部の声も、主に相応しくないくらい弾んでいる気がする。 傍から見ていて投球のリズムが心地いい。ボールを介して繋がる歓びが、彼らの周りに溢れていた。 「爽やかなオチだよなー」 もし万一、三橋と阿部がそんな関係であるならば、自分は上手く立ち回ってやろうと、泉は泉なりに意を決していた。 何故そんな気持ちになったのか泉自身にもハッキリとは分からないが、三橋の阿部に対する言動に琴線が触れたのだろうと思う。 「阿部くん に会うと ね、投げたくなっちゃう から」 だからテスト期間中、阿部に会わなかったし会わないでと告げていたのだという三橋の言葉に 理由をさり気なく訊いてみた泉は、納得しつつも深く脱力したのだった。 『投げる』という言葉も三橋にとってはNGワードであった為、テスト最終日に漸く訊けたのだが。 「みはしー、オレにボックス立たせてー!ゲンミツに打ちてぇーーー!!」 田島がメットを被りつつバッターボックスへと駆け込んできた。 何か言いたそうに立ち上がろうとした阿部だったが、大きく頷いた三橋を見て、またミットを構えなおす。 「・・・田島以上に、オレって大バカかも?」 台詞とは裏腹な口調でそう言い放つと、今更のように湧いてきた開放感に任せるまま、泉は青空に向かって大きく伸びをした。 【完】 07/18/07 ***** ** 三橋を某投手っぽく?書いてみました。この三橋は旅行中のオレみたいな状態ではないかと?旅行中、死ぬ程おお振り観たかってん・・・! |