西浦高校野球部の事件簿 第四話 


「あれ、阿部も?」
ミーティング終了後、帰り仕度をしながら週末の段取りを三橋に話していた阿部は、頭上から降ってきた声に顔を上げた。
そこにはピースマークなカオをした田島が鞄を肩に掛けて、椅子に腰掛けている二人を見下ろしていた。
「・・・も?」
「これから三橋んち行くんだー、今日三橋んちのオヤ、夜遅くまで帰ってこないんだって!」
「へえー」
こいつらホント仲いいよなぁ と、阿部は三橋における田島と自分の違いについて論文が書けそうな勢いで思考を展開しようとしたが、
三橋の恐ろしい台詞でそれはぶった切られた。
「ご、ごはん何 作ろ、っか?」
「買い物とか、行かねーとな」
「…お、お前らが作るのか?」
二人して顔を見合わせて【ふひ☆】とか笑いあっている処に、凍りついた表情でインターセプトする阿部。
「んー、田島くんと作る、よ?」
「イェー★」
三橋の首に腕を巻きつけVサインをする田島の姿を見て、二人がほのぼのと料理しているイメージ図よりも先に
阿部の脳裏には例のKYT(危険予知トレーニング=行動に伴う危険を予測すること)が駆け巡った。
『可愛くてアフロ、最悪三橋家全焼?・・・冗談じゃねぇ!』
「オレも、行っていいか?」
無意識の内に、阿部は真顔で三橋に問いかけていた。いや、問いというよりもその表情は【行く】という意思表明であった。

 あ"? 何かこのパターン、前にあったような?

と既視感を感じたが、それを気にする余裕など阿部には無く、
そしてこの既視感が自分への危険信号だということにも勿論、気付ける筈は無かった。
田島と三橋は不思議そうに顔を見合わせてから、二人一緒に阿部に向き直ると、ぶんぶん頷いた。

* **
「オレオレ、ハンバーグ食いたいな!三橋と阿部は?」
「別に何でも…(食えるモノなら…)」
「は、ハンバーグ!よい ね!あ、あのね」
「そうそう目玉焼き乗ってるのがいいよなー、半熟がうめぇ!」
「お、オレも好き だ!」
「(なんで分かんだよ…)」
チャリチャリと自転車を扱ぎながら並んで走る田島と三橋の会話に、じわじわとスリップダメージ(註:徐々にHPが減る魔法。バイオ、ディア等)を
受けている阿部であったが、こんな所でリタイアする訳にはいかなかった。
取りあえず自分のHPが許す限り、いや、火の使用が終わるまではゲンミツに付き合う覚悟でいた。
さて、三橋家に近いスーパーに着いたトリオもとい、ツー&ワン。明らかに阿部のテンションが二人と違うのだが、全く気付かない天然コンビであった。
自転車を停めるなり、入り口へと駆け込む4番バッター。それを慌てて追うエース。
「肉、肉、にーくー♪」
「た、たじ ま、っくん!まっ」
「ばっか、走んな!!」
遅れて正捕手が二人を追った。店内は丁度値引きが始まった頃らしく、少しうざったい感じに混雑している。
うっかり目を離すと面倒な事になりそうだ。阿部は二人から目を離すまいと、集中した。
『三橋はアウトコーススライダー、田島はインハイにまっすぐ』
しかし、阿部の二人の軌道予測はコレで終わった。スリーアウト!
二人がてんでバラバラに動くかと思っていたのに、意外にも二人の動きはシンクロというか連動している。
「肉、これかな!」
「おおお、おっきいい!!」
「つーか、ミンチじゃねーだろそれ!?ステーキ肉じゃねーか!」
「あと、なに?」
「…タマネギ?」
「・・・お前ら、オレの話を聞けよ」
「おけー」
「た、たまご!!」
「おk!」
「だからオレの話を」
「で、でっかい にんじん!!」
「おーニンジンな!あーべー、カート持ってきてー」
「…わかった」
静かに、阿部は切れた。ここが学校ではなく公共の場である事が辛うじて冷静さをキープしてくれている。
「わ!」「ぅぁ!」
二人の襟元をまとめてぐいっと掴み、阿部は気力を振り絞って眼力で牽制した。
「だ か ら、店ん中で走んなっ!でもって、やたらめったら持ってくんなっっっ!!」
身を竦ませる2匹。
「ちょっとそこで待ってろ!・・・動くなよ」
ヤバい試合並に本気モードな阿部に対して、力いっぱい田島と三橋は首を縦に振った。

* **
そしてレジ前のカートに入ってるもの↓
合挽きミンチ。
玉葱。
パン粉。
牛乳。
卵。
人参。
ジャガイモ。
スナック菓子&チョコレート菓子多数。
阿部が不要と判断した食材の除去率は70%だった。入れられては戻し、入れられては戻し、入れられては以下略。
一部抜粋↓
「阿部、そーめんスキ?そーめん」in
「・・・今日はハンバーグなんだろ?」out
「え、エビフライとか おいしいよ、ね」in
「油なんか使えねぇだろ!つか、ハンバーグを作るんだろ?」out
「じゃー、焼きソバとかは?」in
「だから、今日は、【ハンバーグ】(野太い声)なんだろ?!」out
エンドレスかと思われた不毛な処理もレジ前で収まり、これでゴールかと一息ついた阿部の目の前で一気にラストスパートの菓子類が
そいやー!と、天然コンビによってカートへ入れられたのであった。
これは幾ら阿部が迷、もとい名キャッチャーだとしても防ぎようがナイ。
「代金は割り勘だぞ、分かってんよな?」
半目で阿部に尋ねられ、う と田島は言葉に詰まりながら慌ててポケットから財布を出した。
「やべーオレ、こんだけしか ねぇ・・・!」
財布を逆さにしてチャリンチャリンと小銭を掌にぶちまけるが、合計500円にもならない。元より、札がキープされた事があるのかアヤシイ田島の財布である。
「い、いいよ田島くん。ウチの食費から、出すし。ご飯誘ったの オレだし」
三橋のフォローに目をうるうるさせる田島と更に白目勝ちになる阿部。反比例の黄金法則。
「じゃー菓子代は田島持ちな。オレは食わねーし」
「う」
「お、オレ 食べる、から!全部、だいじょーぶ」
「み、みはしぃ〜」
「・・・勝手にしろよ」
子供っぽい遣り取りだと重々分かっていながらも、何故だか非常に面白くない阿部であった。

* **
支払い済んで日が暮れて、ゴールの三橋家。
いや、ゴールではなく、ゲンミツに例えるならば何かの幕開けの舞台、且つ阿部の正念場。
「着いたー着いたー!」
「おら田島、手ぶらで上がるな!荷物持ってけ」
「だ、台所、左側だ よー」
どさどさと台所入り口に置かれた荷物は総量何kgなのであろうか?誰が見ても三人前とは思えない、買いすぎな量である。
「おっしゃー!気合、入れる!」
「ぉ、おーーー!」
腕まくりをしてポーズを取る二人を見て、残されたHPとTPプラス今後の展開を予想し、ギリギリの勝負かもしれないと阿部は覚悟を決めた。
「・・・分担、きめっぞー。ハンバーグ作った事あるヤツ、挙手」
【はーい!】と、意外にも二人が元気よく手を挙げ、阿部は目を丸くした。
自慢じゃないが、自分は料理をした事がない。
必修である家庭科の授業も、グループ内で洗いに徹して調理には手を出さなかった。手を怪我したくなかったからである。
まぁ、阿部の調理スキルはさておき。
「じゃータネ作り任せていいな?切るのは田島、頼んだぞ!」
「おぉ!」
「は、はい!」
やる気満々の二人に水を差す必要はないよな と、阿部は自分でも出来そうな飯の仕度をするべく、米を洗いに掛かった。
頭上に垣間見える、暗雲を気の所為にして。

* **
「コレ、何?」
米を炊く準備と電子レンジで人参とジャガイモに下ごしらえを終えた阿部は、二人の共同作業結果を目にし、思わずそう訊ねていた。
確かに自分には未経験な分野だから、敢えて目を瞑ってしまった事は認めよう。
そして二人の調理方法を横目で見てて、違和感はそれこそ腐る程あり、その時に問えなかった自分にも落ち度がある。
だが、しかしここまで得体の知れないモノが出来上がるとは思わず、阿部は人間の業の深さに恐れを抱いた。
「ハンバーグ?」
「の、タネ?」
作った本人達がハテナマークを出しながら答える大きなボールの中のソレは、食材の面影が全く無く、禍々しい様相を呈していた。
食べ物の外見として一番近いのは、具がゴロゴロしているもんじゃ焼きであろうか?
食べ物でない外見としては、表現を自重させて頂く。
「・・・質問。一体、何が入ってんだ?」
顔を見合わせる田島と三橋。指を折りつつ、二人で読み上げていく。
「ミンチ」
「たまねぎ」
「たまご」
「パン粉」
ここまではいいだろう。しかし、まだ食材の羅列は続いた。
「じゃがいも」
「にんじん」
「(冷蔵庫にあった)しめじ」
「(冷蔵庫にあった)ピーマン」
「ソース」
「ケチャップ」
「しょうゆ」
「ポン酢」
「焼肉のタレ」
「後は」
「ちょっと、待て」
視線を天井に向けつつ合成素材を振り返る二人に、阿部はストップを掛けた。
「じゃがいも以降は、おかしくね?付け合せだろーが」
「す、スキキライよくない って、おかーさんが」
「あー、そーそ。オレもしいたけとか食える様になるまでハンバーグん中、入れられた!」
「いや、もう好き嫌いとかねーだろ?つか、入れるんならフツーみじん切りとかにしねぇ?」
ここで質問を切り上げたい気持ちになったが、阿部は勇気を奮い起こし続けた。
「でもって、ソースが(洋・和取り混ぜて)ぶっこんであるのは?」
「上にかけるんだったら、混ぜてもいっかなーって」
「お、オレ 和風ソース、好き」
「焼肉のタレも意外にうめーんだぜ!」
この分じゃ分量を量ったか訊いても無駄だと頭痛を堪えつつ、最後に阿部は最重要質問を二人に放った。
「お前ら、本当にハンバーグ作った事あんの?全部?最後まで?」
「お、オレ こねた事、ある!」
「オレは形作ったことあるぜ!!」
「ソレ以外は?」
二人は揃って首を横に振った。その様子に自分が馬鹿だったと、阿部は猛省した。
「・・・兎に角、焼くのは保留だ。材料まだあるよな?」
残りの気力を振り絞り、携帯を取り出して料理サイトを呼び出した。

【ハンバーグの作り方】
1)玉葱はみじん切りにして10分ほどかけてゆっくりキツネ色になるまで焦がさないように炒め、ボールに入れて冷ましておく。
2)パン粉に牛乳を浸しておく。
3)1のたまねぎの入ったボールに合挽きミンチ、2のパン粉と全卵を溶いたものをいれ、塩コショウ、ナツメグを掛け粘りが出るまで温めないようにしてよくこねる。
4)真ん中を少しへこませた小判型に成形する。
5)バターをフライパンに溶かし、4を入れる。
6)強めの中火で約2分焼色をつけて裏返し、火を弱めて蓋をして約7分焼く。
7)皿に盛り、フライパンの肉汁にケチャップとソースを入れ、火が通れば出来上がったハンバーグにかける。

「・・・だ、そーだ。分かったか?シンプルだろ」
「ぅ、ぉお!」
「分かった!」
阿部の携帯画面を見ながら感嘆し、こくこく頷く二人。
「じゃー、この通りに作るから、手伝ってくれ」
「おっす!」「う、うん!」
『初っ端からこうすれば良かったな・・・。不安要素は明快にしておくべきだった』
まだ自分は詰めが甘いと阿部は自戒し、そして三人の調理スキルが1上がった!

* **
「うおっ!超、うまそー!!」
「う、ううう うまそう!」
テーブルの上には茶碗に山盛りの炊きたてご飯と、人参とジャガイモが添えてある出来立てハンバーグ(with目玉焼き)が三人分置かれている。
「何とか形になったな・・・」
自分の指揮で真っ当な料理が出来上がり、感無量の思いで阿部はそう呟いた。
「食おーぜ!阿部、アレやってアレ!」
「あ、阿部くん」
二人にじっと見詰められて【い”】という阿部は表情になったが、苦笑いして深呼吸し、テーブルの上に視線を据えた。
真剣な表情になる三人。
「うまそう!」
「「うまそう!!!」」
「「「いただきまーす!」」」
合掌と同時にハンバーグに齧り付く三人。ソースと肉汁がぱたぱたとそれぞれの皿に垂れた。
「うんめぇー!」「お、おいし・・・」
もぐもぐ噛み締めながら、口の中に広がる美味さに身体を震わせる二人と対照的に、阿部は口の動きを止めた。

 ・・・ま、マーベラスな味じゃ、ね?(アレな意味で)

一口目を口に入れたまま動きを止めてしまった阿部に、夢中でハンバーグを頬張っていた二人も食べるのを中断した。
「ど、どーしたの?阿部くん」
「食わねーの?」
二人の問いかけに、慌てて口の中のモノを飲み下す。少し涙目になりながら、阿部は自分のハンバーグを指差した。
「いや、なんかコレ 変なんだけど?」
「えー?美味いよ?」「お?」
二人はしげしげと阿部のハンバーグを見詰め、田島の口が【Д】になった。
「あ”ーーーーー!!!」
「あ”?」「?」
ハテナマークを出す二人に、田島はてへっと照れ笑いしながら切り出した。
「ソレ、最初に作ったヤツだ!タネ足りねーかもって、オレ焼いちゃった・・・」
「う、へ?」
「・・・・・」
オレは3年間、こいつらと料理なんかしねぇ! と、一口しか食べられなかったハンバーグに誓う阿部であった。


【完】

09/03/07
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台詞協力=ぺこえさん。【TajiMiha with Abe】でお送りしました★ 自分的には書き易い話な筈だったのですが、時期的に精神がwetで思った様に進まず…。





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