西浦高校野球部の事件簿 第五話 【後編】


そして場面は冒頭に戻る。
特攻隊長は花井、偵察は阿部と巣山、店頭見張り役は沖と西広が担当する手筈になっていた。
花井は変装用に阿部父の作業着を着て、頭にはタオルを巻いている。かなり横が余っているが、ベルトで締めてしまえば現場のにーちゃん風に見えて違和感はそんなにない。
18歳以上に見えるかというと微妙なラインだが、見えなくもない。
スーツにするか(!)普段着のままかと意見が出たのだが、関係者に見られてもそれと分からない格好という事で、作業着に落ち着いたのである。
が、最初着てみせた時に他のメンバーは大爆笑したのだった。なんつの、ヘンじゃないんだけど、ぶはぁ!ウケる!!みたいな。
怒りを堪えながらプルプルと沈黙する花井に、フルフルと笑いを堪えながら阿部はフォローを入れようとした。
「ごめん、タッパ合うの花井しかいねーからさ・・・ぶっ」
「謝りながら笑うな!!!」
メンバーには色々な意味で可笑しい格好だが、通行人達にはそう見えないらしく、道中ヘンな目で見られる事もなかったのが救いであった。

「おっけー、中に客はいねー。今がいいんじゃね?」
偵察の阿部と巣山が戻り、その報告に対して荘厳な顔で花井は頷いた。
「じゃ、行って来る」
それに対し、思い思いに小声で励ます残りのメンバー。
「グッドラック!」「標的確認、OK?」「頑張れ!」「キョドるなよー」
それぞれに頷き返した花井であったが、最後の阿部の台詞に頷こうとして踏み止まった。
「キョドんねぇよ!!」
そして他の三名は同時に心の中で呟いた。
「「「(阿部はひどいヤツだな・・・)」」」
鼻息荒く店内に花井が入っていったその直後、空気を読んだかのように綺麗なおねーさんが店内に入って行って、店頭の四人は顔を見合わせた。
こりゃ、ちょっと、アレ・・・?
と、全員が思った瞬間、沸騰した薬缶のような顔で花井が飛び出てきた。そして全員が思った。やっぱり・・・と。
「ちょ、アレ マジ、ナニ・・・」
屈み込んで心臓バクバクさせている花井の背を、沖は落ち着かせるようにポンポンと叩いた。
「あんだよ花井、女の客が入ってきたくらいで」
「ばっ、ナニ言ってんだ!表紙のモデルに、超、似てたんだぞ!その人ン前でレジに出せるかつーの!」
「阿部言いすぎだ。花井もまぁ、落ち着けよ」
二人を取り成す巣山。店内は客が一名しか居らず閑散としているのに、何とも騒がしい店頭である。
その場が取り合えず落ち着き、中の女性客が出てくるのを待っていると、何故か西広が出てきた。その手に紙袋を持っている。
なんで?と一同がポカーンとしている処に、西広はニコっと笑って紙袋を頭上に掲げた。
「買えたよぉー!」
「「「「・・・うぁえぇぇえおおぉぉぉーーー!?」」」」
驚愕と賞賛の叫びを異口同音に上げた後、口々に西広へ問う店頭待機組。
「ちょ、いつの間に・・・」
「うわぁー西広すごっ!」
「どーやって買ったんだ?」
「・・・(言葉が出ない)」
「綺麗な女の人が入っていったから、きっとレジのおじいさんは、その人に気を取られるだろうなって思って」
おぉぉぉぉーーー・・・
感嘆の声しか出ない三名+ガクリと地面に四肢をつく花井。その花井の肩に、阿部はポンと手を置いた。
「まぁ、コスプレってコトで?」
「・・・」
似合ってるんだからいいんじゃないか?とは思うけど、花井の心情を思うと口には出せない、残りの三名であった。

* **
少し時間を巻き戻して料理チーム。
学校側へ使用許可を取った家庭科室で料理チームはスタンバっていた。
デコレーション用の食材は既に処理されて、机にきちんと並べられている。ゲンミツにツマミ食い禁止である。勿論、主役も例外ではない。
「あ、巣山?もう着いたんだ。了解、そっちもがんばってなー」
栄口は携帯をパチンと畳むと、待ち構えている料理チームに号令をかけた。
「じゃ、取り掛かるよー。手筈通りにね」
「「「「おーーーっ!!!」」」」
リーダーの号令は気軽なのに、何処かの海賊の『野郎共行くぜ!』への返答みたく、気合入りまくりな返答をする四名であった。

料理チームの事前打ち合わせはとっても簡単だった。ホットケーキ経験者が栄口しか居なかったからである。・・・そういう意味で。
「じゃー、生クリームとか卵白とか泡立てられる人?」
「はーい!!」
「み、水谷くん、スゴいぃ・・・!」「うぉ、マジかよ」「(やっぱし?)」「(言うと思ったぜ・・・)」
ソンケーの眼差しで見つめる三橋と田島に対して、さもありなんと頷く栄口と泉。
「じゃー水谷は泡立て係り専属ね」
「おー、泡立ては任して☆ねーちゃん仕込みだし」
「で、焼く過程は一気にやりたいんだ。デコレーションするもの以外は温かい方が美味しいし」
栄口の言葉に、ふんふんと頷く一同。ホットケーキは田島分が三枚、そして各メンバー用に焼けるだけ焼く予定であった。
「焼く手本を一回見せるから、水谷以外は焼くの担当ね」
「おーっ!!」「うーっす」「ぉ、おー・・・」
(根拠なく)自信満々に腕捲りしながら返事する田島と泉に対して、超自信なさげに小声な三橋。
「火加減と時間さえ分かっちゃえば、失敗しないから」
「そーそ、なんとかなるって!オレらハンバーグも作れたじゃん?」
不安そうな三橋の肩に手を掛けて栄口は励まし、その援護射撃のつもりで田島は言ったのだが、
その言葉は三橋に『ま○"いハンバーグの悲劇』(※第四話参照)を思い出させた。チーンと一人沈み込む。
「・・・あ、アレ?」
「おーい、みはしぃー?」
「どした?」
「ど、どうかした?」
俯いて固まってしまった三橋を心配そうに覗き込む四人。思い出して半ベソりながらも、三橋は身振り手振りを交えて何か伝えようとした。
「う、・・・ぇ あぅ・・・ お・・・」
即座にミハリンガルな田島の方を向く三人(色々分かってらっしゃる)。田島は三橋の表情と手つきを真剣に追った。
「えーと、また、食べられないモノ 作っちゃう、カモ?」
コクコク頷く三橋。心配し過ぎじゃね?と、田島は少し呆れ顔で宥めた。
「だいじょーぶじゃね?材料は栄口が揃えてくれたし、後は焼くだけだしさ」
「またって?」「なんかやったん?」「何の話?」
話が飲み込めない三人は、説明を求めるように田島の方を向いた。
「あー、三橋んちでハンバーグ作ったんだけど、激マズでさ、それを阿部に食わしちゃって」
「「「(阿部・・・)」」」
アハー☆と笑う田島を見て、三人は無言のまま阿部に深く同情した。
「オレ、三橋が慣れるまで付いてるよ。大丈夫」
栄口に微笑まれて、漸く覚悟が定まったようだ。三橋は真剣な面持ちで全員に頷いてみせた。サードランナー!

「ちょ、栄口、まだ卵白泡立てるん?」
野球部の練習並に汗だくになりながら、水谷はバテた声を上げた。
「そーだよ?ホットケーキをホワホワ焼くには卵白泡立てないと」
「・・・後、何個?」
「こんだけ」
栄口ににっこり微笑みながら籠の中の卵を見せられ、キャー・・・ と、水谷はフェードアウトする悲鳴を上げた。
「あ、卵白終わったら生クリームが待ってるから」
水谷へ生クリームのパックが入った箱をにこやかに見せて、栄口は9組トリオの方へ向き直った。その背後でグネグネと崩れそうになる水谷。頑張れフミキ!
「生地はダマにならないように、さっくり混ぜてね」
「こんなかんじー?」「どーよ?」「こ、こんな・・・?」「そそ、そんな感じ」
コンロの上にはテフロン製のフライパンが4個スタンバっている。その前に粛々と並ぶトリオ。
「じゃー生地をフライパンに丸く流し込んで、火をつけて。弱火でね。で、表面に気泡が出るまでは放置」
「おっけー!」「うっす!」「お、ぉお!」
ホットケーキを焼くのに相応しくないぐらい、全員真剣な表情である。
数分待つと、生地の表面からホコホコとした香りと一緒に気泡が出始めた。
「もういーんじゃね?」「ゲンミツに返す!」「う、ぅぉっ」
「くっ付かないの確かめて、フライ返しを奥まで差し込んでね。高くは持ち上げなくていいから」
せいっ!と気合を入れて一斉に返す。フライパンの上で、キツネ色の焼き色が3枚とも綺麗に表を向いた。
「おっ!」「うまそー!」「で、でき たぁ・・・!」
「で、また数分待って、竹串刺してみて、生地が付かなければ出来上がり」
栄口の言葉に、三人は嬉しそうに頷いた。どんなコトでも、初めて出来たのって嬉しいよね!
「さ、さかえぐ ち・・・。こっち、も たすけ、て」
初ホットケーキ返し!で湧く四人の後ろで、水谷が生クリームを泡立てながら、息も絶え絶え助けを呼んだ。

* **
「ただいま」
「うわー、すげー量だな」
「匂いでお腹減るねー」
「美味しそう!」
「(失敗はしてねーみてぇだな)」
「「「「「おかえりー!」」」」」
戦利品を引っさげ、無事帰還した特命チームに、料理チームはそれぞれの得物(フライ返し、泡立て器)を振り上げて応えた。
書き忘れていたが、学校備品であるフリフリエプロン(調理部御用達、魅力+50)を全員装着中である。
それぞれ似合っているので違和感は全くナイが、それがまた異次元な空間を生み出しており、帰還組の『うわぁ・・・』度と何故か『はわっ*』度を50%上げた。
「お疲れー、もう殆ど出来てるよ。みんなは飲み物用意しちゃて。・・・っても、いつものだけどさ」
『いつもの』とは勿論、牛乳+プロテインである。
栄口にそれぞれ返事をしながら、帰還組はテーブルセッティングされたテーブルへと向かったが、
その全員の目は、誕生日席に置かれている3段重ねのホットケーキに釘付けになった。
山ほどの生クリームとフルーツで飾り付けられたホットケーキは、テーブルの上で圧巻の存在感を放っていた。
「うわ、ナニこれ!超豪華」「デコレーションケーキみたい」「おお、ほんとだ!」「すごいねー」「うあ・・・甘そ」
「それは田島くんの なんだ、よー。中も、いっぱい入ってる の」
「オレと三橋で飾り付けたんだぜ」
「にん☆」
三橋は照れくさそうに、泉は普段の一割り増しくらい得意そうに答えた。その横で嬉しそうに田島は笑った。
「オレらのはプレーンなの?」
テーブルの上に焼かれたホットケーキが山積みになっているのを見て、沖が栄口に尋ねた。
「そ、しょっぱいのも欲しくなるかと思って。パンケーキっぽく食べられるように、ソーセージと目玉焼きも用意してる」
確かに、テーブルの上にはシロップ・バター・蜂蜜・フルーツ・生クリーム・チョコレートの他に、ソーセージと目玉焼きも並べてある。
「ナイス、栄口」
甘いのばっかだったらどーしようかと思っていた阿部は、拳を握り思わずそう呟いていた。
「へ?阿部のはアレだよ?」
阿部の言葉を聞きとがめ、水谷はテーブルの上を指した。
その先には、田島専用程では無いにしろ、生クリームとフルーツで飾り付けられたデコレーションホットケーキがあった。
超甘そうなその外見に、卒倒しそうになる阿部。
「な、なんで・・・?」
パクパクと声にならない声で水谷へ説明を求める阿部に、元気良く挙手しながら田島が答えた。
「あー!ソレ、オレと三橋で作った!なっ」
「う、うん・・・。この間、ヘンなの 食べさせちゃった カラ」
どうやら、『ま○"いハンバーグの悲劇』のお詫びのつもりらしい。
「今回のは、ゲンミツに超うめーと思うぜ!」「お、おいしーと、思う!」
「あぁ・・・。サンキュー、な」
目をキラッキラッさせながら力説する天然コンビを見て、阿部は色々な思いで目頭が熱くなった。

* **
「では、始めたいと思う」
全員が着席したのを確認し、花井が口火を切った。ぅおーーーっ!!と盛り上がる家庭科室。
「じゃ三橋、田島への一言と乾杯の音頭な」
「う、うひ!?」
不意打ちに花井から指名を受け、三橋は席から飛び上がり顔を青くさせたり赤くさせたりしたが、コップを握り締めて深呼吸した。ぎゅっと目を瞑ってから口を開く。
「た、たじま くん! たんじょーび、おめで、とう!かかか、かんぱーーーい!!」
「「「「「「「「「おめでとーーーーー!!!」」」」」」」」」
大音響な祝福の言葉と拍手で、家庭科室が満ちた。
「みんな、サンキュー!マジで、超うれしーよ!」
ほかほかのお日様みたいな笑顔で田島に微笑まれ、全員の『はわっ*』度がMAX値となった。
「で、食っていい?ちょーうまそう!!」
涎を垂らす田島の言葉で はっ、と全員が我に返ると、条件反射で掛け声を掛けていた。パブロフ!
「「「「「「「「「うまそうっ!!」」」」」」」」」
いただきまーす!!
の言葉もそこそこに、ホットケーキにかぶりつく西浦ーぜ。
「「「「う、まーーーーーい!!」」」」
「オレ、もっと生クリーム!」
「ちょ、それ乗せすぎじゃね?」
「お、おいしー、ね!」
「おう、スゲーうめぇぜコレ!」
「(あ、あめぇ・・・)」
「お代わりまだまだあるからねー」
「「「「「おーーー!!!」」」」」
フォークとナイフが幸せそうに鳴る時間が始まった。

* **
皆の腹が一通り満ちたのを見計らい、花井は紙袋を取り出した。ラッピング等はしていない、本屋の袋のままである。
「田島、コレ、みんなから。先生に見つかんないように持って帰れよ」
「お?」
花井の努力(?)を思い、自然と特命チームから拍手が沸き起こった。真意は理解していないが、追って拍手する料理チーム。
がさがさと紙袋から取り出したモノを見て、田島の目が真ん丸になった。
「うぉ、『蝶ベッPン』(←エロ本のタイトル)じゃん!?コレ高くて買ったことねーや。サンキュー!」
「買うって、お前、自分で買ってんのか?エロ本」
あんぐりと口を開けながら問う花井に、田島は不思議そうな顔をした。
「うん、買ってるけど、なんで?」
「おま、どー見ても18歳以下にしか見えねーだろ?店主に何も言われねーの?」
阿部の素朴な疑問に、田島はアッサリと答えた。
「えー?オレ兄ちゃんのお使いで、小学生ん時から買いに行ってるよ?本屋のじーちゃんも気にしてないぜ?」

恐るべし、田島家・・・!(&本屋のじーちゃん)

と、田島と三橋以外の西浦ーぜは思った。
「ありがとう!今夜ゲンミツに使う!!」
「「「「「「「使うっていうな…!」」」」」」」
幸せそうにニッコリと笑う田島へ、9組以外の全員が突っ込んだ。
「オレはもう慣れてt」
「よ、読む んじゃないの?」
「三橋は分からなくていーんだ」
「「「分かってもいーだろ!」」」

ホットケーキとエロ本とボケとツッコミで西浦ーぜのお腹がいっぱいになった、田島の誕生日であった。

【完】

10/21/07
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高校生がエロ本買うのって、今日そんな難しくないんですってネ?(ソレはサテオキ)オレらのそしてみんなのヒーロー田島!誕生日おめでっとう★(デシタ・・・)みんな君が大好きだ!!




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