西浦高校野球部の事件簿 第六話 


「(ど どうしよう・・・)」
結局、何も出来ないまま、今日が来てしまった。
目前の試験科目よりも、今は別の事で三橋の頭の中はいっぱいいっぱいだった。
そう、今日は日頃世話になっている女房役(というか別の意味での鬼嫁?)、阿部隆也の誕生日なのだ。
それなのに、何も全く準備出来ていない。
零点は確実だった。


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今日の今日まで何もしていなかった訳ではなく、実は三橋の一意奮闘は12月頭から開始されていた。奮闘というよりも成果がゼロな点を考慮すると、只の空回りであるのだが。
いつもならばチームメイトの助けを借りそうであるのに、今回はそうしなかった。
直に期末試験週間で皆が忙しそうであった事もあるが、一番の理由としては自分一人で阿部に何かを贈りたいという気持ちが大きく、
そして三橋はまだ誰にも、自分一人で準備したプレゼントを渡した事が無かったからである。
初めて一人でプレゼントを用意するのなら、それは阿部に贈りたかった。

「(阿部くん は、何が好きで、何が 欲しいんだろ?)」
そう言えば、今まで阿部の嗜好について考えた事がない。自分の嗜好(主に食べ物)は阿部に把握されてるのに、だ。
阿部との情報収集力の違いに思わず溜息が出た。因みに、三橋は阿部の自分に対する(理想の投手としての)執着を全く感じていない。罪な男である。
取りあえず、普段の阿部から嗜好を想像してみる。
持ち物や服装からすると、身に着けるモノ全般にポリシーが無い事は、三橋にも分かっていた。
そして水谷みたく好きな音楽があるようでもなかったし、栄口のようにゲームをするという話も聞かない。
唯一、三橋にも分かっているのは、野球のデータに目が無いという事だけだった。だが、野球のデータ関連で自分が用意出来るものは、全て阿部は持っているだろう。
要は野球を除けば、全てにおいて無頓着な無趣味人にしか見えないのだ。
因みに、実は自分達がそーゆー意味で似た者同士である事に、お互い気付いてはいない。
「(ぜ、全然 わ、わっかんない、よ〜〜〜)」
ベッドに背を持たせ掛ける格好で座り込んでいた三橋は、首を反らせて ぽふっ と後頭部をシーツに沈めた。
誰かに阿部の好きなモノについて訊きたかったが、この時期にそんな事を尋ねれば、何の為か気付かれてしまうだろう。
身を捩ってベッドに上半身を預け、シーツの上のボールに手を伸ばす。ボールを握るのは、落ち着きたい時の三橋の癖だ。
「(・・・オレ だけで、)」
一人で渡したい。渡して、喜ぶ顔を一人で見たい。
ボールの感触を掌に染み込ませながら、三橋はぼんやりとそう思った。何気に独占欲においても、似た者同士なバッテリーであった。

* **
「なーによ、珍しくレンレンからと思ったら、そんな話?」
久々に廉から電話が掛かって来たと喜んでみたらプレゼントの相談だった事で、ルリは脹れ気味に携帯へ愚痴った。
『・・・ゴメン、ルリしか 思いつかなく、て』
「いいよぉー。で、どんな子へのプレゼントなの?」
だがしかし、『ルリしか』のフレーズにすぐさま気を良くし、耳を傾けるルリであった。乙女心は色々複雑なのだ。
『えっと、ま 毎日 お世話になってる ヒト』
「監督さん?先生?」
『ち ちがう、よー』
「じゃー何、叔母さんとか?」
『じゃ なくて』
「じゃー、誰よ!?」
問答のまどろっこさに切れて、思わず大声を出すルリ。携帯の向こう側で『ひっ』っと小さな声が聞こえたが、気にしない。
数秒間我慢強く待つと、細い声で返答が来た。
『・・・あ、あべく ん』
「あべくん?」
男の子にかー と思い一気に拍子抜けし、女の子へのプレゼントだと思って身構えていた自分に気付いて、ルリは小さく苦笑した。
レンレンに女の子なんて、ちょっと早すぎるもんね。
そして、その名前に聞き覚えがある事に、はたと気付く。
「あべくんって、西浦のキャッチャー?」
『そう』
嬉しげに即答された事で、些かに苛立ちを感じる自分に違和感を覚える。が、それを敢えて気にせず言葉を続けた。
「じゃー叶に相談すれば・・・。って、アイツもそーゆーの全然ダメだったわね」
そーいやレンレンと叶って、何か自分にくれる時には私を買いに連れて行ったよね、考えずに話すとダメだなーと、反省しつつ
ルリは米粒ほどでしか見た事が無い(例のシャワー室や車連れ込み時は、廉しか視界に入ってなかった)阿部の姿を脳裏に思い描き考え込んだ。
無言のまま数分。
遂に三橋が言葉を掛けようとしたその前に、ルリは口を開いた。
「寒いし、マフラーとか手袋とか、どーかな?」
『・・・さ、さむいし ね』
余りにも一般的な返答に、一瞬、言葉に詰まりながらも何とか三橋はそう答えた。が、口調からその感情を汲んだルリは容赦無かった。
「何よ!私だって米粒くらいにしか見てないヒトを、イメージしながらすっごくすっごく考えたんだから!!」
『う、お・・・!ご、ごめ』
今度会う時に美味しいモノを奢る約束を取り付け、何とか無罪放免を免れた三橋であった。


***** **
結局、誰かに相談する事はこれっきりで、後は一人ぐるぐるしながら試験勉強しつつもサイトや雑誌でプレゼントのチェックをしつつ、
試験勉強は中途半端に、そして大事な事は真っ白なまま当日を迎えた訳である。
「(今朝も、阿部くんから 貰ったのに・・・)」
ガックリと机に額を付け、学生服のポケットを外から握り締めて、三橋は大きく溜息を吐いた。
朝、一緒になった時に言おうと思えば言えたのに、喉元まで出掛かった言葉はやはり形になる事はなかった。
「みーはっし、ヤる前から凹んで、どーするっつーの!」
「田島・・・。朝っぱらから、誤解受けるよな発音でンな発言をすんなっつーの!」
試験開始前から机に突っ伏した三橋の頭を、ぱこーんと田島が平手で叩いて、その頭をぱこーんと泉が丸めた教科書で叩いた。
「いってーよ!」
「ちょっかい出してねーで、追い込みしてろよ。今日の科目もヤベーんじゃねーの?」
オラオラと田島を机に追いやると、泉は三橋の席に戻り、こそっ と耳打ちした。
「・・・なんか、気になる事でもあんのか?」
思いがけない言葉に、三橋は飛び起きた。そして自分をまっすぐ見ている泉と目が合い、反射的に視線を泳がせた。
「な、ななな 何も ナイ。・・・よー?」
「・・・言いたくねーなら、いいんだけどさ」
赤点だけは取んなよー と三橋の肩を軽く叩き、泉は教科書を広げつつ自分の席に戻っていった。
その後姿をぼんやりと眺めつつ、徐に三橋は超目前の危機に気付き、大慌てでラストスパートを駆けるべく教科書を繰った。

* **
試験終了の鐘が鳴り、束の間の開放感に皆が浸るユルイ空気の中、三橋は試験前と変わらぬ表情で勢い良く席を立った。
問題を解きながら、その端々で悩んでいた事柄についての結論は、もう自分の中で出ていた。
後は当たって砕けるのみだ。
その勢いのまま教室を飛び出して行った三橋の後姿を、田島と泉は呆気に取られたまま見送ったのだった。

さて、トコロ変わって7組である。
「まだ後、一日あるなんて信じらんなーいー、ちょーだるーい」
解答用紙が回収された後、水谷はそう呟いて机に へちょっ と倒れこんだ。その様子を阿部は冷ややかに見下ろし、ぼそっと呟く。
「女子高生みてーな事、言ってんなよ」
「だってオレ、だんしこうこうせー、だもーん」
噛み合わない掛け合いはいつもの事だ。二人の遣り取りに、もう突っ込む気もない花井は肩を押さえて首を鳴らした。
冬場だから長くは練習できないが、明日には机から開放されてグラウンドへ駆け込めると思うと、それだけでもう気分は高揚する。
「もう後一日なんだから、気合入れ直していこーぜ。こんな時に気緩めて、風邪とか引くなよ」
花井の言葉に、当然という顔をする阿部と眠たげに不服そうな顔をする水谷の斜め後ろで、教室の扉が勢い良く開いた。
「あ、あああ あべく、ん!」
同時に大声で呼びかけられ、阿部は言わずもがな、花井や水谷も声の主の方へ向き直った。
「ぉお?どーした?」
「みはしー、元気ぃー?オレ、だるくて死にそー」
花井と水谷が掛ける声に答える余裕もない様子で、真っ直ぐ阿部のところまで大股で歩み寄ると三橋はその手を掴んだ。
「来て」
「な、なんだよ?」
訳も分からず手を引かれた阿部は戸惑いながら三橋の手を解こうとしたが、放さないという意志が篭っているその手を解く事は出来なかった。
「いーから」
「ちょっ・・・!」
あれよあれよという間に、慌てて鞄を掴んだ阿部は急ぎ足の三橋に引き摺られながら教室を後にした。
「(そーいや、今日は)」
開け放たれたままの扉を呆然と眺めながら、花井は試験休み前に篠岡が言っていた事を思い出した。
『阿部君の特別おにぎりは、試験終わった後でいいよね』
「あっらー、なんかめずらしー ってか、何か甘酸っぱいシチュだねぇ」
同じ様に二人が出て行った扉を眺めながら独り言ちた水谷の後頭部を、花井は思いっきり平手で打った。

* **
「ホント何なんだよ、いきなり」
グラウンド端のベンチまで引き摺れる様に連れてこられた阿部は、漸く解かれた手首を擦りつつ不機嫌そうに問うた。
三橋にこんな所に連れ出されて、タイマンを挑まれる覚えは全く無かった。
阿部を半ば引き摺ってここまで辿り着いた事に脱力したのか、三橋は膝に手を掛けて暫く息を整えていたが、突如姿勢を正して阿部に向き直った。
「ぬぉ?!」
予想外の動きに思わず身構えた阿部に、三橋は思いっきり頭を下げた。
「ごめんな さい・・・!」
「・・・はぁ?」
真面目に何が何だか分からない。固まったままリアクションが取れずにいる阿部に、首を垂れたまま三橋は続けた。
「きょ、今日 オレ、何も用意 出来なくって、だから」
「今日の試験が、ダメだったんか?」
赤点の補習確実だから謝りたかったのかと納得しかけた阿部に、思いっきり三橋は首を横に振った。
「ちがくて!」
否定の強さにまた固まりかけた阿部と目を合わそうとせず、三橋はその勢いを保てないままに、か細い声で更に謝った。
「ごめん、今日 阿部くんの誕生日、なのに オレ…なにも」
「・・・あ」
そう言えばそうだった。
大抵、試験週間にぶち当たっているので、祝いの言葉はあったかもしれないが、当日に直接チームメイトから祝われた記憶が無かった。
漸く三橋の言いたい事を理解し、照れくさそうに阿部は後頭部を掻いた。
「なんだ…別にいーよ。オレ、お前ン時さ、何もやんなかったろ?」
その言葉に、また三橋は首を横に振った。
「ち、ちがっ、オレ 阿部くんに色々、貰ってばっか で」
三橋は学生服のポケットを探って、今朝阿部から手渡されたそれを大事そうに見せた。
「今日も、コレ」
「あー、だからそれは、たまたま弟が」
「ほ、他に も」
コンビニではパンを奢って貰ったし、アイスも、そーいえばガムも えっと、他にも沢山貰ったんだよと、三橋は阿部に力説した。
「(いや、それは多分オレじゃない)」
7割方、誰かと混合されているのはよく分かったが、それが自分だと思われている事に申し訳ない様なくすぐったい様な感覚に捕らわれ
阿部は耐え切れず小さく噴出した。
「あ、あべ くん?」
「・・・いや、ワリー。それは分かったから、さ」
笑われる意味が分からず、ポカンとする三橋の前で一頻り含み笑いをした後、阿部は真面目な顔で向き直った。
「で。今日、オレ誕生日な訳」
「う、うん!」
大きく頭を振る三橋に、阿部は笑いを堪え表情を保ちつつ、続けた。
「大事な事、言われてなくね?」
阿部の言葉を数秒間咀嚼し、三橋は正解を見つけ顔を明るくして、大きく口を開いた。
「あ! 阿部くん、た 誕生日、おめでとー!」
「サンキュー!」
笑い合う二人の息が、その表情を淡い白で包み込んだ。

今年の誕生日はこれでもう充分かもしれない、と冬の陽だまりの中で思う阿部であった。


【完】

12/11/07
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不憫な阿部シリーズがここで崩れ去り(笑。まー、年に一回の事だしネ★隆也、おめっとさん!関連話が【田島レベル】にもあるので、更に甘いの平気な方はどぞぅ〜




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