西浦高校野球部の事件簿 第八話 【前編】


「なーんか肩凝っちゃうのよねぇ。家の中が緊張してる感じ?」
うーん、と二人の数歩先でルリは伸びをした。明るい色の軽やかなダウンコートに身を包んだ彼女は、重苦しい雪空の下でも遠い春を連想させた。
「てか、3人で買い物って、超ひっさびさじゃない?!」
 かいもの ってもぉ〜コンビニ、なんだけどぉ〜
口の中で即興の歌(?)を転がし振り返ると、ルリはものすごく嬉しそうに笑いかけた。
釣られて三橋もふにゃっと笑い、叶は何故か目の遣り所を失い宙へと視線を泳がせた。
今日は12月31日、大晦日。
三橋本家の台所では大勢の女性軍が元旦に向かってのラストスパート真っ最中で、男子供共らがオイソレと近寄れる雰囲気ではなかった。
時刻は午後3時、おやつ時。

なんか甘い物食べたいぃ(ルリ)→けど、台所 こわい・・・(レン)→そーだよね・・・(ルリ)→お、オレもなんか食べた いっ(レン)
んー、でも車ないと美味しいスイーツの店には行けないし(ルリ)→オレ、駄菓子屋しか わかんな、い(レン)→・・・(ルリ)
「んもー!!コンビニでいーじゃない!?」
 そーよそーよ、コンビニでいいじゃん!ついでにさ、叶も呼んじゃえ!どーせヒマしてるだろーし

こんな風にグリグリ押され、三橋は叶を呼び出す羽目になり、叶は三橋の呼び出しを断れる筈もなく。
そうして、三人仲良くコンビニ道中真っ最中なのであった。
「・・・修ちゃん、ごめん ね。突然、呼び出したり して」
上機嫌で数歩前を勇ましく歩くルリの後姿を見つつ、三橋は叶にこっそりと囁いた。
携帯では『ああ、いいよ』なんて嬉しそうに言ってくれたのに、自分の横に並んでいるルリを見て微妙に表情が強張ったのを三橋は見逃さなかった。
心配そうな顔をしている三橋に、叶は出来る限り柔らかな表情で答える。はっきり言ってルリは想定外だったんだが。
「いや、大丈夫。つか、リューはどうした?」
間違いなく付いてきそうなもんなのに、と叶が言い掛けたところで、ルリがくるりと振り返って叶に舌を突き出した。
「リューは、お・る・す・ば・ん!『いきたーい!!』ってゴネてたけど、うざったいんだもん」
ふかーい溜息を吐く三橋を見て、叶は諸々のバックグラウンドを理解した。現三星の姫様に進言出来る勇者は、居ない。・・・後でリューにフォロー入れておこう。
「ゆきみだいふくでも買ってけば、機嫌戻るってーだいじょぶだいじょぶ♪」
鼻歌混じりにバッグをぶんぶん振り回して先頭を切るルリの後に続き、男二人はお互い顔を見合わせながらこっそりアイコンタクトをした。


* **
「カゴ!持ってね」
三橋家から歩いて15分のコンビニに到着すると、ルリは二人に入り口の空カゴを突き出した。
「は、はい?」「お、おう?」
素直にはんぶんこ持ちする二人を尻目に、ルリは雑誌コーナーへと足を向けた。
「あー、お正月番組チェックとかしなきゃ★あ、コレ読んでなーい!」
ばっさばっさと豪快にカゴへと放り込まれる雑誌類。
「きゃー、この色かわいいぃいい!!買おっと。あー、このセット気になるなぁ〜」
ひょいひょいっと軽快にカゴへ放り込まれるコスメ類。
「何これぇー?!おいしそー!うわ、こんなん出てたんだぁ」
ぽいぽいと無造作にカゴへと放り込まれる菓子類。
たかがコンビニ、されどコンビニ。そう、女性の購買意欲をなめてはいけない。
『一つ一つは軽くても、集まれば ほ〜ら、こんなに・・・!』
なんてキャッチフレーズがとても似合うようなカゴ内容になり、己が欲する物を探す余地も無く、三橋と叶はよたよたとゴール(レジ)へと進んだ。
大晦日のコンビニは予想以上に混んでいて、三人は暫く列で待つ事になった。
「そだ、年賀状。足りなかったんだった!」
レジ前を偵察に行ったルリが戻って来るなり訴え、『はいはい、レジで年賀状』と答える代わりに叶は二三軽く頷き、そして遠い目をした。
「ね、ねんが じょう」
そんな叶と対照的に、深刻な表情で三橋は独り言ちた。
「どうかしたか?」
俯き加減になった三橋を気遣い、叶は声を掛けた。そんな二人をきょとんと傍らで見守るルリ。
「・・・オレ、書いてない や。みんな、に」
三星に居た時には年賀状なんて出す必要が無かった。叶とルリとリューに、新年の挨拶が元旦に出来たから。
でも、今は違う。元旦に挨拶出来ない所に新年の挨拶をしたい人達が、三橋には居るのだ。
返ってきた言葉の重さに気付き、叶は口篭った。
「はーい、次の方、どーぞー」
レジ係りの声で我に返った二人からカゴを奪って、ルリはどっせい!とカウンターに置いた。
大量にモノが詰め込まれたカゴとソレを持ち上げた力に目を丸くしているレジ係りへずいっと近づき、ルリは人差し指を立て物々しい口調でオーダーした。
「年賀状、5+15枚!」
「年賀状、5+15枚 ですね?」
釣られて『20枚』と言い直せなかったらしい。すっかり業務ペースを乱されたレジ係は、わたわたしながらカウンターの後ろで年賀状を用意しだした。
そして呆然としている三橋へ、ルリは厳格に命令した。
「年賀状、書きなさいよ」
「う」
「出したい人、いるんでしょ?」
「で、でも 届くの、おそ」
俯いた三橋の肩に両手を置き、ルリはその目を覗き込んだ。
「遅くったっていいじゃない!手渡しでもいいじゃない!・・・貰った人は、きっと嬉しいよ?」
ねっ と相槌を求められ、それに対して叶は大真面目に首を縦に振った。
「嬉しいって、思う」
「・・・しゅう、ちゃん」
顔を上げ大きく頷く二人を見、三橋は小さく拳を握った。
「・・・お会計、よろしいでしょうか?」
コンビニ袋に詰め終えたレジ係が、カウンターの向こうからおずおずと声を掛けた。


* **
新年を迎える為に隅々まで掃き清められた家の中で、スナック菓子を食べ散らかすと殺気立ってる女性軍から何を言われるか分からない。
そこら辺を慮ったルリの提案で、おやつは庭で食べる事になった。
気温は低いが風も無く日が照っている庭は、とても気持ちがいい。そんな中でお菓子を広げるとミニピクニックみたいで、ちょっぴりワクワクした。
「大体、考え過ぎなのよー。15日までは年賀状送ったっていーんだから」
「ご、ごめんっ・・・」
スナック菓子の袋をバリバリと開けながらブー垂れるルリに、三橋は大きく頭を下げた。
人影を感知して池の鯉が三人の足元へとワラワラ寄って来る。どれもこれも肥えて大きいので、そんな鯉がビチビチ群れている図は圧巻である。
「うっわ、キモッ!エサ食わせすぎなんじゃねーの?」
戦図のような水面を見て思わず後退った叶に、三橋は笑い掛けた。
「冬は、そんなにエサ やってないと思う、よ」
受け取ったスナック菓子を細かく砕いて池の中へと落とす。その付近の池の水面は、たちまちにして鯉の口で埋まった。
「・・・確かに。飢えてんな」
恐れと共に出した叶の感嘆の吐息に合わせたように、何処かで携帯が鳴った。
「お、オレっ・・・」
三橋は慌ててコートのポケットから携帯を取り出し、それを開いた。
「誰からー?」「うっ わ!」
ルリが声を掛けるのと、三橋が差出人を確認して驚くのがほぼ同時だった。
携帯は【From:阿部隆也】の画面を表示させたまま、三橋の手から鯉の群れへと滑り落ちた。


【続く】

01/20/08
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正月休み中にぺこえさんとのメールで炎上したヒメハジメネタが、何故かこんな事に・・・。1月中に完結希望(笑




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